【現役顕正会員が教える】顕正会に「ノルマ」はあるのか?

「ノルマとかあるんじゃない?」

 最近、広告文や顕正新聞を配布していると、「あら、それ見たことあるわ!」という方がとても増えてきました。「いいこと書いてあるよね」という壮年や、「富士山の写真が綺麗よね」という女性など、好意的な反応が多くなってきたことを感じます。

 ところが、中には誤解する方もいて、「あらあら、若いのに大変ね~。ノルマとかあるんじゃない?」と言われることがたまにあります。世間の人たちからすると、私たち顕正会員があまりに熱心に配布や折伏をしている姿をみて、「ノルマでもあるのでは?」と思ってしまうのかもしれません。

 そこで今回の記事では、ズバリ「顕正会に『ノルマ』はあるのか?」というテーマについて書いてみたいと思います。

結論:顕正会の活動にノルマはありません

 まず結論から書きます。

 顕正会の活動にノルマはありません日蓮大聖人の仏法を一人でも多くの人々に伝えたいとの思いから、自発で活動しているのです

 ・・・これで記事が終わってしまっても味気ないので(笑)、もう少し詳しくご説明したいと思います。

そもそも「ノルマ」って何?

 その前に、まず「ノルマ」という言葉の意味を調べてみました。「そもそも『ノルマ』って、なに?」と。

 すると広辞苑には次のように書かれていました。

 「ノルマ」【normaロシア】(もとラテン語で規範・標準の意)

 ①ソ連時代の制度で、労働者が一定時間内に遂行すべきものとして割り当てられる労働の基準量。賃金算定の基礎となる。

 ②転じて、一般に勤務や労働の最低基準量。

 うーん、なるほど。「ノルマ」って、もとはラテン語で、ソ連時代の労働に関する制度のことだったんですね。勉強になりました(笑)

 一方、配布で出会う人たちが「顕正会にノルマはあるの?」と尋ねてくるときの「ノルマ」は②の意味、つまり「勤務や労働の最低基準量」のことを言っているのでしょう。

 では、このような「ノルマ」が、顕正会の活動にあるのか、ないのか・・・。

 繰り返しますが、顕正会の活動にノルマはありません。一つずつ、順番に見ていきましょう。

広告文の配布について

 まず、私たちがよく配布している「日蓮大聖人の仏法」の広告文や顕正新聞の特集号。これらの配布について、たとえば「1日に〇枚」とか「1か月に〇枚」といったように配布しなければならないノルマ(最低基準量)が決められているかというと、そのようなことは全くありません。

 私たち一人ひとりの会員が、「日蓮大聖人の仏法を全日本人に伝えたい」との思いから、自発でお配りしているのです。

折伏について

 次に、私たちが友人や知人に仏法を教える折伏。この折伏についても、たとえば「1か月に〇名折伏しなければいけない」といったノルマ(最低基準量)が決められているわけではありません。「大切な友人・知人に仏法を教えてあげたい」、また、「早く全日本人に仏法を教えて人と国を救わん」との思いで、自ら折伏を実践しているのです。

 その証拠に、たくさん折伏をしても何か報奨金のようなものがあるわけではありません。また逆に、折伏ができなかったとしても顕正会から退会させられたり懲罰があったりするわけでもありません。

 日蓮大聖人の御遺命である広宣流布・国立戒壇建立を見つめて、お互いに尊敬し合い、励まし合い、いたわり合いながら明るく力強く日蓮大聖人の仏法を弘めていく。これが顕正会の折伏なのです。

広布御供養について

 物はついでで、顕正会の広布御供養についても簡単に触れておきましょう。

 いま邪教・統一教会の問題がクローズアップされ、霊感商法や高額な寄付が話題になっているため、もしかすると「顕正会も、入信したら多額の寄付をさせられるのでは・・・」「寄付のノルマがあるのでは・・・」と心配する方がいるかもしれませんが、ご安心ください!

 そもそも顕正会には入会金や年会費はありません

 では、どうやって全国の会館施設を維持し、大規模な活動を行っているのかというと、顕正会の必要経費は、年1回、上限を決めて、有志が御供養(広布御供養)として拠出しているのです。

 「えっ、それだけ?」と思われる方も多いかと思いますが、何を隠そう、実はそれだけなんです(笑)

 ですから、顕正会の広布御供養にもノルマ(最低基準量)はありません。あくまで有志の会員が、年1回、上限(6万円)の範囲内で資力に応じて参加させて頂いているのです。詳しくはこちらの記事をご覧ください。

「ノルマ」といえば宗門(日蓮正宗)

 ちなみに「ノルマ」と聞いて思い浮かぶのが、創価学会の池田大作にへつらって日蓮大聖人の仏法を曲げた宗門(日蓮正宗)です。

 彼らは学会と一緒だったときは学会員の供養によってボロ儲けしていましたが、御遺命違背の罰で学会と抗争に陥り、学会を破門してからは経済的に困窮するようになりました。

 大聖人の御遺命に背いているため功徳はなく、かえって罰を受けている宗門の法華講員たちに折伏弘通などできるはずもなく、宗門は凋落の一途をたどっています。

 そのような中にも、「食い扶持」の信徒を確保する必要があるのでしょう。宗門は末寺住職らにノルマを課し、勧誘を行うようにハッパをかけているのです。

 たとえば、早瀬日如管長は末寺ごとに勧誘ノルマを割り当てていて、ノルマ達成率が悪い末寺住職は定期的に本山に呼びつけられ、「折伏推進指導会」という名目で締め上げられているというのです。その結果、広宣流布への情熱も確信もない末寺住職たちは、「本山に呼びつけられたくない」「管長に怒られたくない」という恐怖心や義務感から、法華講員たちの尻を叩き、勧誘を行うようハッパをかけているのです。

 また、勧誘が遅れている寺の信徒を集めた「僧俗指導会」という会合もあるそうで、そこでは本山から派遣された「折伏推進員」なるものが、集められた高齢の信徒たちを責め立てているそうです。宗門から顕正会に入信し、実際にそれを見てきた人は、「それは見ていられないほど酷いものだった」と証言しています。

 事実、顕正会との裁判で敗訴し、50万円の賠償金を支払った栃木県宇都宮市の宗門末寺「誠諦寺」の住職は、本人尋問で出廷した際、10名弱の本山関係者が傍聴する中、顔面蒼白になりながら、勧誘ノルマを達成できないと「怒られます」「管長以下に」と、怯えた声で「告白」したそうです。よほど辛かったのでしょうね・・・。

 また、宗門では末寺単位で「登山目標計算用紙」なるものを配布し、彼らの「収入源」である法華講員をできるだけ多く「登山」させようとハッパをかけているそうです。

 たとえば「平成28年 法華講支部 総登山目標人数 計算用紙」をみると、平成25年と平成26年の「講員数」や「登山率」、「登山者実数の平均値」等を記入する欄があり、その数字をもとに、平成28年の「目標人数」=「平成25年・26年の登山者実数の平均値以上」(!)や「目標率」等を算出するようになっています。こういうのを「ノルマ」(最低基準量)というのです。

 このような腐敗堕落の宗門の実態をごまかすために、「元顕正会員」を自称する法華講員(中には一般人を装った悪質な者もいます)が、「顕正会には過酷なノルマがある!」なんてネットでデマを吹聴しているのを見かけることがあります。

 なんというか、みっともないですよね。そのようなウソを吹聴しても、彼らの「ノルマ」が無くなるわけではなく、また、勧誘成果が伸びるわけでもないのですが・・・。

 これも御遺命違背の罰で衰亡してゆく彼らなりの断末魔なのでしょう。

顕正会の大法弘通の原動力

 いかがだったでしょうか。顕正会の活動にノルマはなく、みな仏法の感激と広宣流布への情熱から自発で配布や折伏に取り組んでいるのです。

 世間を見れば、欲と怒りと愚かで満ちた末法濁悪の様相で、人の行動原理は「いかに自分が得をするか」という自己中心的なものばかりです。そのような中にあって、ただ人を救い国を救わんと、真剣に仏法を弘める顕正会員の姿は、本当に稀有だと思います。

 浅井先生は、次のように仰せられています。

 「広宣流布は、話しの上手い下手ではない。大聖人様に対し奉る恋慕渇仰の心、成仏させて頂けるという絶対の確信があってこそ始めて進む。顕正会にはこの大確信がみなぎっている。だから力強く弘通が進むのであります」(顕正新聞令和4年12月5日号)と。

 「大聖人様に対し奉る恋慕渇仰の心」と「成仏させて頂けるという絶対の確信」――これこそが、顕正会の大法弘通の原動力なのです。