学会・宗門から正しい顕正会へ(3)

 顕正新聞令和4年4月15日号が出来しました。今回も動執生疑を起こして懺悔した法華講員の話や正義にめざめて顕正会に入会した方々の素晴らしい登壇がたくさんあり、大感激でした。いくつかを取り上げて紹介したいと思います!

「妙相寺」法華講員〝音声捏造〟で顔色失う 大草の謗法与同を謝罪し、脱講を約す

 先般、長野県の宗門末寺「妙相寺」所属のKという法華講員が、大宮駅で顕正会女子部に執拗に声をかけ、顕正会を誹謗中傷するという一件がありました。

 Kは「顕正会を破折してやる」と威勢のいいことを言っていたそうですが、小沼副総男子部長が電話で糾弾し、Kの先輩を交えての法論を設定すると、Kは一旦は快諾しておきながら、その日以来、音信不通になり、法論から遁走してしまいました。そこで、顕正会男子部の隊長がKを糾弾したそうです。

 まず隊長が、大草一党が喧伝した「カエリタマエ」の捏造音声について、東京高裁で顕正会が大草一男と妙観講に全面勝訴した事実を伝え、さらに「カエリタマエ」の音声は捏造されたものであることが音響・音声分析の権威である鈴木松美氏・谷本益巳氏の鑑定結果によって明らかになっていることを伝えました。するとKは途端に顔色を変え、隊長が「法華講大講頭の立場にある大草一男が率いる一党が捏造音声を喧伝したことは大問題であり、反社会的な行為だろう」と呵責すると、忽ち回答不能に陥ったそうです。

 ついで隊長が、大草一男がネパールの会合やスガット大乗仏教大学の講演会で、ガネーシャ像や釈迦仏像の存在を自覚しながらそれを破折もせず講演を行った謗法与同について、「これは間違いなく謗法与同だよな」と突きつけると、もはや言い逃れができないと思ったKは、「はい。大草一男が謗法与同したことに間違いございません」と明言したのでした。

 そこで隊長が、「なら、この場で謝罪・声明文を書いたらどうだ」と促すと、Kは素直に応じ、謝罪・声明文に自ら署名捺印した上で、「二度と顕正会員に対して迷惑行為はいたしません」と言い、深々と頭を下げて謝罪したのでした。

 最後に隊長が、Kに脱講を促すと、Kは「わかりました。妙相寺法華講を脱講します」と頭を下げながら言いました。

 いかがでしょうか。顕正会を誹謗していた法華講員が懺悔し、自ら謝罪・声明文を書いて脱講を約束したことは、本人の罪障消滅のためにも喜ばしいことですね。

息子の成仏願い入会、安堵感で満つ 不幸の人生が広宣流布に戦う人生に 御遺命守護の先生は何と偉大なのか!

 元学会員のUさんは、令和3年11月、23年越しの折伏で創価学会から顕正会に入会しました。

 Uさんが小学5年生のとき、母親が近所の人に誘われて創価学会に入信し、真剣に勤行していたそうです。ところが、そのころ東京へ単身赴任していた父親が脳溢血で倒れて半身不随となり、59歳で亡くなったそうで、父親の青ざめた顔を見たUさんは悲しみでいっぱいとなりました。

 結婚して2人の息子に恵まれるも、夫は毎日酒を飲んで仕事をせず、夫婦喧嘩が絶えませんでした。またある日、実家と隣の学会員宅が原因不明の出火で全焼してしまったそうで、その後、夫は肝硬変で50歳で亡くなり、母親も間もなく肺がんで亡くなりました。

 そのようなとき、顕正会の婦人部班長が訪ねてきて折伏してくれたのでした。Uさんは広告文に示された「成仏の相」の現証に両親や夫の臨終とは全く違うと驚きながらも、学会員の目を気にして入会を断り続けました。

 すると仏法に背く罰は顕著に現れ、令和3年10月、次男の糖尿病と喘息が突如悪化して救急搬送され、その日のうちに亡くなってしまったのです。Uさんは次男の最期の苦しそうな顔に悲しみが込み上げ、「どうしてこんなに不幸が続くのだろう」と落ち込んでいたとき、婦人部班長が来て再度折伏してくれ、「お題目の光は必ず息子さんに届きます」との確信ある言葉に入会を決意したのでした。

 入会勤行で御本尊様の御前に座ると安堵感で心が温かくなり、翌日から次男の成仏を願って遥拝勤行を実践し、基礎教学書を読み進める中に「これまでの不幸の原因は、学会に籍を置き、そのうえ謗法を重ねたゆえ」とわかりました。

 Uさんは正しいお題目を唱えられる喜びで毎日が有難く、配布の御奉公も楽しくて仕方なく、近所の学会員に広告文を渡し、「顕正会で一緒に唱えないかい」と大確信で伝えているそうで、先日ついに近所に住む壮年の入信が叶った感激をはつらつと語っています。

まじめな学会員の入会が相次ぐ

 いかがでしょうか。いま浅井先生の御一念により、御遺命違背の学会・宗門(日蓮正宗)で罰を受けてきた学会員・法華講員たちが続々と顕正会に集いつつある姿は、顕正会員としてほんとうに嬉しく思います。

 まだまだたくさんあるのですが、とても全部は紹介しきれないので(笑)、あと数人だけ簡単に紹介します。

 創価学会でブロック長をしていたOさんは、配布の縁で知り合った顕正会の女子部総班長たちから折伏を受けました。

 はじめは「そんなこと言われなくても、学会でやってきたから知っている」と反発していましたが、日興上人御報恩勤行会における浅井先生のご指導を視聴すると、玄関先で立ったまま身じろぎもせず聞き入り、先生を見つめ「そうだ、その通りだ」「懐かしい」と目を潤ませ、学会活動が選挙一色になり、勤行が自我偈になったことに不信感を懐いて組織から遠ざかっていたことを吐露しました。そして、渡された基礎教学書を拝読したOさんは入会の決意を固め、1週間後、旭会館において求めて顕正会に入会したのでした。

 入会勤行終了後、Oさんは総幹部会のご指導に何度も「その通り」と大きく頷き、「正本堂が崩壊したときは本当にショックだった。なぜ崩壊したのかとずっと疑問だった」、「両親ともに学会員で、自分も十年前までブロック長としてがんばってきたが、その結果は家庭崩壊だった」と沈痛な思いを語り始めました。

 総班長たちから改めて池田大作の御遺命違背と極限の大謗法こそ不幸の原因であることを聞いては、「学会は何と恐ろしいことを!大聖人様の御遺命を捨てるとは…」と驚きと落胆を禁じ得ず、同時に、浅井先生の「全学会員を救いたい」との御心に強く胸を打たれたOさんは、今後の御奉公への決意を語っています。

 兵庫県尼崎駅での配布中、広告文を見て声をかけてきたYさんは、昭和60年に長男の病を治したい一心で創価学会に入信し、以来30余年、勤行を欠かさず実践するも病苦・家庭不和と悩みが絶えず、幹部に言われるまま100万遍題目を唱え、信心とは関係のない選挙活動に疑問を懐きつつも票集めをし、純粋に御本尊様を信じ貫いてきたそうです。

 女子部班長が「学会員を救う特集号7」の抜粋カラーコピーを広げ、学会の極限の大謗法を伝えると、Yさんは「嘘でしょ、信じられない」と強い衝撃を受け、「学会が正しいと信じて貫いてきたのに」と落胆し、受け止められない様子でした。

 一方、班長がUさんと一緒にいた三男のAさんに入会を勧めると、なんとAさんは大きく頷いて入会の意思を示したのでした。

 実はAさんは自閉症で、普段は人との関わりを避け、目も合わさずに背を向けてしまうのに、まるで別人のように自分の意志を示した姿にYさんは大変驚き、「Aが行くなら」と入会決定し、大阪会館で母子ともに有難い入会が叶ったのでした。

 入会勤行の際、Aさんは率先して3階の礼拝室へ駆け上がり、しっかりと声を出して勤行を申し上げ、終了後は初対面の班長たちと普通に会話し、イキイキとして嬉しそうな様子でした。

 このAさんの一変した姿を見て、Yさんは「これまで一度もこんなことはなかった。夢を見ているみたい」と大感激し、「この子は妊娠中、心音が聞こえず、600グラムの未熟児で生まれ、医師からは『自力で歩くことはできない』と言われ、産んでよかったのかと葛藤もありましたが…。産んで良かった。ありがとうね」と、それまでの苦悩が一瞬で歓喜に変わったのでした。

 昨年(令和3年)8月に創価学会から入会したSさんのお兄さんは、顕正会員になり得た感激のまま、知人や職場の同僚を次々と折伏しています。

 元同僚に対し、顕正新聞の第1面に掲載された浅井先生が導師をされるお姿と、その後ろに並ぶ顕正会員の写真を見せ、「このように拝むんです」と折伏すると素直な入信が叶いました。

 また、顕正会を誹謗するサイトを見た者に対しては、「冨士大石寺顕正会の公式ホームページが正しい」と促し、言われるまま公式ホームページを見た相手も命で顕正会の正しさを感じ、「一緒に住む仲間にも話してみる!」と2人同時に入信が叶ったそうです。

 さらには、たった1日だけ一緒に働いただけの縁の薄い青年に対し、「顕正会は素晴らしい団体。一緒に会館に行ってみないか」と声をかけて折伏すると、その青年は、職場で親切・丁寧に指導してくれた穏やかな性格に仏様のお力を感じており、素直な入信が叶いました。

 このように歓喜で進む一念信解の五十展転の戦いにより、現在5名の入信が叶っているそうです。いやはや、素晴らしいですね!

 3月度総幹部会で浅井先生は、「私は、まじめな学会員が不憫なのです。せっかく大聖人様の正しい仏法に縁したのに、悪師・池田大作に誑かされ、『国立戒壇』の御遺命を捨てたのみならず、さらに戒壇の大御本尊をも捨て奉る身となり、ついに『入阿鼻獄』となる。これが何とも不憫なのです。早く正義にめざめて、共に御遺命成就に戦う同志になってほしいと、願うばかりであります」と仰せ下さいました。

 いま先生の御一念に手を引かれるように、まじめな学会員たちが続々と正義にめざめて顕正会に入会し、広宣流布・国立戒壇建立を見つめて奮い立つ姿は枚挙にいとまがなく、いよいよ広宣流布の時が近いことを感じます。

 私も広告文と特集号を手に、日蓮大聖人の大恩徳と御遺命の正義を大勢の人に伝え、広宣流布のお手伝いに励んでいきたいと思います!