浅井会長が池田大作一党の三大謗法を粉砕された8月度総幹部会を特集した「五百万学会員を救わん」特集号2。前回の続きからみていきましょう。
今こそ根こそぎ救わん
いま顕正会員の折伏により、大勢の学会員が動執生疑・断疑生信して、続々と顕正会に入信しています。
また、創価学会・公明党が「三大政治決戦」と位置付けた昨年の衆院選ならびに本年の都議選・参院選でも、公明党は惨敗に次ぐ大惨敗を喫しました。
自民党などと違い、「学会票」という組織票で固められ、時の情勢に左右されないはずの公明党の比例得票数が、まるで底が抜けたように激減し、歯止めがかからなくなっているのは、まさに「学会にとってかつてない深刻な事態」といえます。
いよいよ創価学会が崩壊の時を迎えたのです。
浅井会長は、学会がこのような状況に陥った根本原因こそ、池田大作一党が犯した「三大謗法」、すなわち、1つに日蓮大聖人の御遺命に背き、2つに大聖人出世の御本懐たる「本門戒壇の大御本尊」を捨て、3つに大聖人が久遠元初の自受用身・末法下種の御本仏にてましますことを否定したこととして、このように叫ばれました。
「今こそ、動執生疑を起こしている学会員を『五百万学会員を救わん』特集号等をフル活用して、根こそぎ救っていかねばならない。それは同時に御遺命成就への戦いを加速させることに直結する」と。
歴史的な重大局面を迎えた今、急ぎ全学会員を救わんとの闘志がわいてきます!
学会の選挙は「仏法と無関係」
まず会長は、これまで多くの学会員が「信仰の実践」「功徳になる」と思い込まされてきた学会の選挙活動に言及されました。
「われらが政治に関心をもつゆえんは・・・国立戒壇の建立だけが目的なのである」(大白蓮華・昭和30年5月号)との戸田城聖・第2代会長の発言にみるごとく、当初は「御遺命の国立戒壇建立のため」とのスローガンで政治進出を始めたにもかかわらず、世間の批判を恐れた池田大作は、「政治進出は(国立)戒壇建立のための手段では絶対にない」(第33回本部総会・昭和45年5月3日)などと前言を翻しました。
所詮、池田大作にとって選挙は、政権を奪取して日本の最高権力者たらんとする野望でしかなく、その大野心を遂げるための道具が「公明党」であり、そこに全学会員を総動員したのです。
このことは、「私は日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想・文化・一切の指導者、最高権力者である」(「人間革命をめざす池田大作―その思想と生き方」)との狂気にみちた池田の発言をみればよくわかります。
そして、池田大作亡き今となっては、政権与党に参画している公明党の権力構造の維持のため、また学会員を組織につなぎとめるために、選挙活動を行わせているのです。
まさに「日蓮大聖人の仏法とは何の関係もない活動」といわざるを得ません。
このような無意味な活動を「信仰の実践」と思い込まされ、さんざん利用された挙句、今生は罰に呻吟し、後生は入阿鼻獄となる学会員が不憫でなりません。
すべては第六天の魔王の所為
そこに浅井会長は、「すべては第六天の魔王の所為にほかならない。このことを学会員は知るべきである」として、池田大作一党が「本門戒壇の大御本尊」を捨て奉る1年ほど前に開いた「小委員会」における発言を示されました。
当時流出した資料によれば、秋谷栄之助(最高指導会議議長、第5代会長)はこの席で、「弘安二年の御本尊については・・・・唯一絶対の御本尊と大聖人が定められた証拠はない」「弘安二年の御本尊も何の徳用も働かない。・・・他宗の身延派や、中山系、京都系が保持している真筆の御本尊と同じ事になる」などと述べ、さらに池田の側近副会長に至っては、次のような大謗言を吐いたというのです。
「『出世の本懐』の意味だって変えればいいんだ。独立した教団なんだから、変えてもいいんだし、変えられるのだ」
「(末法下種の三宝について)それも変えればいいんだ。何の問題もない」「過去との整合性など、どうでもいい。自語相違と批判されても構わない。完全に独立した教団として出発するんだから。結論は決まっているんだ。教義なんて、それを後付けすればいいんだ」と。
いかがでしょうか。御本仏日蓮大聖人の「出世の本懐」という最大事、全人類が帰依すべき「末法下種の三宝」を、あろうことか「変えればいいんだ。何の問題もない」などと言い放ったのです。信心のカケラもありません。また、このような輩の謀議を経て、平成26年11月7日、「弘安二年の御本尊は受持の対象にはしない」との「極限の大謗法」が決定され、全学会員は「本門戒壇の大御本尊」を捨てさせられたのです。なんと悲惨なことでしょうか。
まさに「第六天の魔王の所為」という他ありません。
これすべて、「板曼荼羅に偏狭にこだわらない」「もはや御本尊は全部同じ」などと戒壇の大御本尊を蔑如していた天魔・池田大作に端を発したものです。
「特別な御本尊ではない」の謀り
いま池田大作一党は「創価学会教学要綱」に、「『戒壇の本尊』を特別な御本尊であるとする解釈は、大聖人の御書にも日興上人の著作類にも見られない説である」などと記し、「極限の大謗法」を正当化しようとしています。
そこに浅井会長は、「一期弘法付嘱書」と「日興跡条条事」をもって、戒壇の大御本尊こそ唯受一人別付嘱の法体、御遺命の戒壇に安置し奉るべき「特別な御本尊」であることを示され、もって池田大作一党の謀りを粉砕されました。
まず大聖人様から日興上人への御付嘱状たる「一期弘法付嘱書」を拝見すれば、「日蓮一期の弘法 白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す」として、大聖人様が日興上人に「日蓮一期の弘法」を付嘱されたことが記されています。
では、この「日蓮一期の弘法」とは何かといえば、日興上人から日目上人への御付嘱状たる「日興跡条条事」を拝見すれば、「日興が身に宛て給わる所の弘安二年の大御本尊、日目に之を授与す」と、日興上人が日目上人に「日興が身に宛て給わる所の弘安二年の大御本尊」を授与されたことが記されています。
この2つの御付嘱状を併せ拝すれば、大聖人様が日興上人に付嘱された「日蓮一期の弘法」とは、その実体まさしく「日興が身に宛て給わる所の弘安二年の大御本尊」であることがわかります。
では、大聖人様が日興上人に付嘱された「弘安二年の大御本尊」とは、いかなる大御本尊でしょうか。
これについて大聖人様は「国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」(一期弘法付嘱書)と、国主が「此の法」を立てたときに本門戒壇を建立すべしと御遺命され、日興上人はさらに端的に「本門寺に懸け奉るべし」(日興跡条条事)と、この大御本尊を本門戒壇に安置すべしと定められています。
つまり、「弘安二年の大御本尊」とは、弘安2年に顕わされ、かつ、御遺命の本門戒壇に安置し奉るべしと定められた大御本尊なのです。
では、それはいかなる大御本尊かといえば、まさしく弘安2年10月12日に御図顕された「本門戒壇の大御本尊」以外にあり得ません。
なぜなら、大聖人の御真蹟御本尊あまた現存するとも、大いなる御判形の直下に「本門戒壇也」の金文が厳然とまします大御本尊は、戒壇の御本尊以外にあられないからです。だからこそ、富士大石寺の歴代上人は、広布の時を待って戒壇の御本尊を秘蔵厳護され、本門戒壇に安置すべしとて次第相伝してこられたのです。
かく見れば、弘安2年の「本門戒壇の大御本尊」こそ、「日蓮一期の弘法」たる唯受一人別付嘱の法体にして、広布の暁に御遺命の戒壇に安置し奉るべき「特別な御本尊」であられることは一点の疑いもありません。
さらに会長は、三大秘法抄に示された本門戒壇の大利益、すなわち「三国並びに一閻浮提の人」のみならず「大梵天王・帝釈等」の天界まで及ぶ大御本尊の無量無辺・広大深遠の妙用と、御自身の臨終をもって所説の「絶対」なることを証明された日寛上人の御指南をもとに、戒壇の大御本尊こそ一閻浮提総与、すなわち全人類に総じて授与された大御本尊であることを示された上で、池田大作一党を次のように呵責されました。
「まさしく、弘安二年の本門戒壇の大御本尊こそ、大聖人様の出世の御本懐、文底深秘の大法の正体、唯授一人の別付嘱の法体、一切衆生成仏の根源の種子にてまします。
池田大作一党よ、これでもなお本門戒壇の大御本尊を『特別な御本尊であるとする解釈は、大聖人の御書にも日興上人の著作類にもみられない』などとたばかるのか」と。
会長の徹底せる破折に、胸のすく大感動がこみ上げます。
「人の本尊」否定の謀り
次いで会長は、学会の「未曾有の邪教化」、すなわち釈尊を「根本の仏」とし、大聖人様を「釈尊の使い」などと貶める池田大作一党の謀りを劈かれました。
学会自身、かつて池田大作が監修した「仏教哲学大辞典」に、「人の本尊とは久遠元初の自受用報身の再誕・末法下種の主師親・本因妙の教主・大慈大悲の南無日蓮大聖人である。・・・もし、これに迷えば無間地獄に堕すことになる」と記していました。
このかつての正論に照らせば、大聖人様を根本の仏と拝せない現在の学会員は悉く無間地獄に堕すことになります。この矛盾を見ただけで学会の誤りは明白です。
さらに会長は、難しい教義はさておき、「竜の口の大法難」と「大蒙古の責め」という2つの眼前の証拠をもって、日蓮大聖人こそ末法の全人類をお救い下さる久遠元初の自受用身であられることを示され、「全学会員は、かかる日蓮大聖人の絶大威徳・大慈大悲をしかと仰ぎ、大聖人を『人の本尊』と尊敬しなければいけない」と仰せられました。五百万学会員を何としても救い切らんとのお心が胸に迫ります。
三大秘法を捨てさせた池田一党
そのうえで会長は、池田大作ならびにその一党の所行を総括されました。
日蓮大聖人の一代御化導の肝要は、「本門の本尊」「本門の題目」「本門の戒壇」の「三大秘法」を身命も惜しまず弘通あそばされたことにあるところ、あろうことか池田大作一党は「三大秘法」を悉く否定・改変し、全学会員に捨てさせたのです。何という大それた大謗法でしょうか。
「これを第六天の魔王の所為といわずに何というのか」との会長の仰せに、深く頷くばかりです。
悪師を捨て、浅井先生に師事せよ
そこに会長は、浅井先生こそ「真の忠誠の仏弟子」であることを示された上で、全学会員を救わんと、このように仰せられました。
「五百万学会員は、天魔その身に入りし池田大作一党のたばかりをよくよく見抜き、早く悪師を捨てて、速やかに正しき師匠・浅井先生に師事すべきである。さもなければ入阿鼻獄に至ることは必定である」と。
そして、学会員を「何としても救いたい」と仰せられた浅井先生のお心を体し、「悪師に騙されて入阿鼻獄となる五百万学会員を救い、ともに御遺命成就の御奉公をなしていきたいと決意している。それこそ大聖人様の御心に適うものであり、かねてより先生が強く念願された戦いである」と表明されましたが、いよいよ学会崩壊の重大局面を迎えた今、急ぎ全学会員を救わんとの決意がこみ上げます。
私も「五百万学会員を救わん」特集号等をフル活用し、一人でも多くの学会員を救い、ともに御遺命成就に戦う同志にしていきたいと思います!

