日蓮正宗の末寺住職が土下座して謝罪しました
冨士大石寺顕正会の8月度総幹部会の大熱気は凄まじいものでした。
中でも、日蓮正宗の僧俗が吹聴していた「浅井先生の臨終の相」に関する悪質なデマについて、浅野恭浩・男子部第5総部長が論判した宗門末寺の住職が「私には反論できない」と述べ、土下座して謝罪した姿には強い衝撃を受けました。
いわく、「観念したNは無言のまま何度か頷きました。そして、おもむろに椅子から降りて床に両手と両膝を付け、額を床に付けながら『私は自分の責任のけじめをつけます。申しわけございません』と私たちの目の前で深々と土下座をし、謝罪したのでした」と(顕正新聞9月5日号・活動報告より)。
私はこの登壇を聞いて、その住職の人としてのまじめさに感心しました。宗門僧俗が垂れ流すデマは、誰がどう聞いても嘘とわかる幼稚なものですが、そんな嘘を恥ずかしげもなく吹聴する輩が跋扈する宗門にあって、「ウソや偽りは許されない」「私には私の責任がある」と述べ、土下座までして謝罪したというのですから。
浅井会長は、「この七十代と思しき住職は人としては一分まじめだったのでしょう。内心では、そのあり得ない件のたばかりに対し、許しがたい気持ちを懐いていたものと思われる」と仰せられています。
「五百万学会員を救わん」特集号2が出来しました
この歴史的な総幹部会を特集した顕正新聞9月5日号が出来しました。その名も「五百万学会員を救わん特集号2!
ご講演の内容は、大別すると、浅井先生の成仏の妙相についての大事と、池田大作一党のたばかりへの破折ですが、どちらも時に当ってまことに重大です。
そこでこのブログでは、2回にわけて浅井会長のご講演を紹介していきたいと思います。
先生の成仏の妙相 末法万年に輝く
浅井会長は、「いま不思議にも、宗門僧俗の虚偽を裏付ける証拠が次々と出てきていることに、諸天の働きを実感としている」として、先生の御葬儀で「会場責任者」を務めた人の貴重な証言を教えて下さいました。
その人は、先生のご自宅で行われた納棺の儀に同席し、またお通夜の当日も先生のご自宅から本部会館に御柩をお移しする際に立ち会うなど、幾度となく先生のご遺体と対面していた人です。
その会場責任者を務めた人が、儀礼室委員の横田理事との会話の中で、このように述べたのです。
「(浅井会長のご遺体に)お化粧はしていません。会長のご自宅で我々がさせて頂いたのは、ただ御棺をお持ちさせて頂いて、喪主様にお立ち会いを頂いて御棺の中に納めさせて頂くといったことだけでした。・・・・お化粧に関しては一切していません。
もちろん前提として、僕らのほうではできないという形です。
きちんとうちにも納棺師はいますが、(その納棺師は)一切立ち会ってもいないし、関わってもいない」と。
いかがでしょうか。葬儀社の支部の責任者と営業の担当者の2人が「お化粧をした事実というのは間違いなくない」等と証言したことに続き、葬儀で会場責任者を務めた人が「お化粧に関しては一切していません」「うちにも納棺師はいますが、一切立ち会ってもいないし、関わってもいない」と明確に証言したのです。
頭のおかしい宗門僧俗は〝ある法華講員がノコノコ火葬場に行ったら、浅井会長たちが火葬炉前での最後のお別れに快く同席されてくれた。そこで数名の親族にまじってご拝顔し、厚く死化粧されているのを見た〟とか、〝その法華講員が葬儀社に電話したら『弊社の納棺師が死化粧しました』と教えてくれた〟などと、あり得ない嘘を平然と吐いていますが、実際には死化粧を一切していなかったことはもちろん、納棺師が立ち会ってすらいなかったのです。
率直に言って、「日蓮正宗の僧俗って、なんでこんなにバカなんだろう」と思わずにいられません。
「御遺影の写真と変わらずでした」
さらにその会場責任者を務めた人は、先生のご臨終の相について、このように述べたのでした。
「(浅井会長の臨終の相は)もう(生前のお姿)そのままです。お変わりもなく、そのままお休みになられているという印象です。
言い方は悪いかもしれませんが、(ご遺体の)状態が悪くなる方もいらっしゃる中で、一切お顔色は変わらずでした。……
(葬儀で)二日間使って頂いた御遺影の写真と変わらずでした。本当にお休みになられているお姿だった。そういう印象でした」と。
いかがでしょうか。浅井先生のご臨終の相は、死化粧を一切していないにもかかわらず、あの特別追悼号に掲載された御遺影の写真そのままの、光り輝くような真っ白な、そして安らかな相であったことを、第三者の立場にある葬儀社の会場責任者がはっきりと証言したのです。なんと重大で歴史的な証言でしょうか。

浅井会長は、「これあたかも、法華経が説かれるときに必ず出現して『皆是真実』(皆是れ真実である)と、釈迦仏の所説を第三者の立場で証明する『多宝如来の証明』のごとくである」として、かく仰せられました。
「ここに、宗門僧俗が吹聴している浅井先生の臨終の相に関する悪質極まるたばかりは木っ端微塵に粉砕され、彼らはその醜態を満天下に晒したのである」
「同時に、先生の成仏の妙相は、第三者による証明も加わり、かえって末法万年にわたって誰人も傷つけることができぬものになったこと、すべては大聖人様の厳たる御仏意である」と。
大聖人様は「一切は現証には如かず」(教行証御書)と仰せですが、この浅井先生の素晴らしい成仏の妙相こそ、先生が築かれた仏弟子の大集団・顕正会の正しさを証明する大現証であり、同時にまた、この顕正会を怨嫉し、御遺命に背き続ける学会・宗門(日蓮正宗)が御本仏に背く師敵対・入阿鼻獄の輩であることを証明する何よりの現証です。
早瀬管長および全僧侶は五体投地の懺悔をせよ!
そこに浅井会長は、土下座して謝罪した末寺住職の姿に寄せて、「何よりも、宗門の全僧侶は御遺命違背の大罪を大聖人様にお詫びしなければいけない」「早瀬管長は、大聖人様に対し奉り五体投地の懺悔をし、国立戒壇建立こそ日蓮大聖人の御遺命であると正義を宣示し、宗門を日淳上人の清らかな昔に立ち還らせるべきである」として、その具体的方法を次のように示されました。
「かつて日蓮正宗の責任役員会という意思決定機関で公式に国立戒壇の放棄を決定した以上、同じく責任役員会の議決を以て、日蓮正宗として長きにわたった御遺命違背の大罪を懺悔し、それを訂正しなければならない。それがケジメというものである」と。
早瀬管長以下の全宗門僧俗は、浅井先生の成仏の妙相が示す自身の堕獄の未来をよくよく思案し、速やかに「ケジメ」をつけなければいけません。
国立戒壇堅持の僧侶を守護したい
一方、浅井会長は、時に当って重大なご発言をされました。
それは、浅井先生が平成8年に制定された顕正会の法人規則における次の一条に関するものです。
「この法人は、この法人の目的に賛同する日蓮正宗の寺院および僧侶に対し、資金その他の援助を行うことができる」
この条文を定められたお心について先生は、このように仰せられました。
「これは私の日蓮正宗に対する夢である。今でこそ宗門は腐敗堕落の極にあるが、これは第六天の魔王の誑かしによる。正系門家がいつまでもこんなことでいるわけがない。やがて顕正会の正しい力が強くなってきたとき、必ずや日蓮正宗の中に、日目上人の再誕といわれるような聖僧がお出になるに違いない。・・・その間、私は『冨士大石寺顕正会』と名乗って御奉公していきたい」
「恐らく、国立戒壇を堅持されるような真面目な僧侶は、宗門でいじめられるに違いない。私はそういうお方を守護したい。よって、まじめな僧侶があるならば、ひそかに顕正会として供養しお守りしようということを、この一条に決めたわけである」と。
浅井会長は、この先生のお心について、「正系門家が清浄なる姿に立ち還ることを熱願され、日目上人の御再誕が出現されるとき、その御方を何としてもお守りせんとの先生の忠誠心が胸に迫り、熱涙が込み上げてくる。
されば、『顕正会の正しい力が強くなる』ことが、その実現のカギであれば、死身弘法に徹する中にただ御仏意を待ち、かくして日目上人の御再誕出現の暁には、私は先生の大忠誠の戦いのすべてを具にご報告申し上げる所存である」と。
いかがでしょうか。恐れながら、広布決戦場も後半に至り、いよいよ目師再誕の御出現近きを感じられてのお言葉と拝しては、時の凄さに身震いを禁じ得ません。
同時に、今般の宗門僧俗の悪辣なる虚偽が満天下に晒され、先生の成仏の妙相により宗門の入阿鼻獄が確定し、さらに解散処分を受けた顕正会の熱烈なる弘通に対し年々に衰微する宗門の現状をみるとき、もはやどちらが御本仏の御意に適う団体であるかは火を見るより明らかであり、されば一分の道念ある僧侶は早く正義にめざめ、共に国立戒壇建立に戦うべしと強く思います。
私も「『顕正会の正しい力が強くなる』ことがその実現のカギ」との会長の仰せを胸に、広告文と特集号を手に、いよいよ広宣流布のお手伝いに励んでいきたいと思います!

