五百万学会員を救わん

「五百万学会員を救わん」特集号が出来しました

 冨士大石寺顕正会の7月度総幹部会を特集した顕正新聞8月5日号が出来しました。その名も「五百万学会員を救わん」特集号!
 浅井会長は、創価学会が「三大政治決戦」と位置づけた昨年の衆院選と本年の都議選・参院選における大惨敗に寄せて、「六百万学会」改め「五百万学会」を救わんと叫ばれ、学会の「極限の大謗法」「未曾有の邪教化」の実態とその大罪を詳らかにされましたが、いよいよ学会が崩壊の時を迎え、大勢の学会員が正義にめざめて共に国立戒壇建立に戦う同志となるのだと胸の高鳴りを抑えられません。
 それではさっそく内容を見ていきましょう!

公明党が歴史的大敗、いよいよ崩壊する創価学会

 ご講演において浅井会長は、学会・公明党が「三大政治決戦」と位置付けた昨年の衆院選と本年の都議選・参院選の結果を教えて下さいました。
 学会では会長の原田稔が陣頭指揮を執り、学会員に連日檄を飛ばしていたようですが、その結果たるや惨敗につぐ大惨敗で、かえって崩壊する学会の実態を浮き彫りにする結果となってしまいました。
 昨年10月の衆院選では、公明党代表に就任したばかりの石井啓一をはじめ副代表などの党幹部らが落選し、「常勝関西」と言われた大阪の4選挙区も全敗。さらに学会の勢力をあらわす比例得票数も1996年以降の現行制度で「過去最低」の596万票に沈みました。
 本年6月の都議選では、公明党は予め戦況が厳しい選挙区の立候補を取りやめ、1議席減らした22人を擁立して「全員当選」を目指したものの、36年ぶりに「全員当選」を逃し、3名もの落選者を出す惨敗ぶりでした。しかも議席を失った「新宿区」は学会総本部がある本陣中の本陣、「大田区」は池田大作の出生地で、これら「聖地」といわれる特別な選挙区での敗北は、やはり学会の崩壊を象徴するものでした。
 さらに本年7月の参院選では、公明党は改選前と同じ14議席の確保を目指したものの6議席も減らし、「結党以来最低」の8議席しか取れませんでした。特に深刻なのが比例得票数で、1983年の参院比例代表制導入以来「過去最低」の521万票。これは平成17年のピーク時から377万票(42%)減で、3年前の前回の参院選(618万票)と比べても約100万票も減らしたのです。まさに「つるべ落とし」ですね。

 浅井会長は、昨年の衆院選と本年の参院選でいずれも得票数が500万票台になったことをもって、「六百万学会」を改め「五百万学会」と呼称することを宣言し、「これが四百万になり、三百万になり、二百万になる日もそう遠くないと確信する」と述べられましたが、深く頷くばかりです。

学会崩壊の根本原因

 なぜ学会はここまで凋落してしまったのでしょうか。世間では学会組織の高齢化などを理由に挙げる論調が多いですが、それは表面的な原因でしかありません。
 浅井会長は「その根本原因は、学会の仏法違背による」として、次の3つを示されました。
 一つに、日蓮大聖人の御遺命に背いていること
 二つに、日蓮大聖人出世の御本懐たる「本門戒壇の大御本尊」を捨てたこと
 三つに、日蓮大聖人が久遠元初の自受用身・末法下種の御本仏にてましますことを否定したこと
 いま学会員は、知らずとはいえ悪師に付き仏法に背くゆえに、今生には功徳を失い、臨終には悪相を現じて阿鼻獄に堕ちています。このような罰に苦しむ学会員に、確信や情熱を持てるはずがありません。
 また池田大作が死亡した今となっては、何のために選挙活動をやっているのかすらわからなくなってしまいました。その中、顕正会員から折伏を受けた多くの学会員が動執生疑を起こし、学会内部はガタガタになってきているのです。
 浅井会長は、「今こそ五百万学会員を正義にめざめさせて救わねばならない。それは同時に御遺命成就への戦いを加速させることに直結する」と叫ばれ、五百万学会員を救うべく、改めて池田大作一党の「極限の大謗法」と「未曾有の邪教化」の実態とその恐るべき大罪を詳らかにされました。

極限の大謗法

 第六天の魔王その身に入った池田大作は、大聖人出世の御本懐たる「本門戒壇の大御本尊」を全学会員に捨てさせる「極限の大謗法」を犯しました。
 平成26年11月7日、学会の機関決定により会則を変更し、戒壇の大御本尊の意味合いを持つ言葉を完全に消し去るとともに、全国総県長会議において会長の原田稔をして「弘安2年の御本尊は受持の対象にはしない」と発表させたのです。何という大謗法でしょうか。
 浅井会長は、「池田大作一党は、永らく全学会員が信仰の根本にしてきた本門戒壇の大御本尊を20年以上の歳月をかけて徐々に忘れさせ、ついには何の痛痒も感じさせずに、音もなく捨てさせたのである」と仰せられましたが、平成4年の観念文の改変から始まり、誰にも気づかせぬまま八百万人もの純真な信徒から信仰の根本を抜き去った所行はもはや人力ではなく、慄然とします。
 そこに会長は、「弘安二年十月十二日の本門戒壇の大御本尊こそ、日蓮大聖人の出世の御本懐であられる」と示され、出世本懐成就御書の「余は二十七年なり」の聖文と、弘安二年の大御本尊の「本門戒壇也」の金文こそ、紛うかたなき重大なる文証であるとして、大御本尊を捨てさせた池田大作一党の所為こそ「第六天の魔王のたばかり」であると厳しく指弾されました。

未曾有の邪教化

 次いで浅井会長は、池田大作一党が令和5年11月18日に発刊した「創価学会教学要綱」において日蓮大聖人が久遠元初の自受用身・末法下種の御本仏であられることを否定した「未曾有の邪教化」を痛烈に破折されました。
 教学要綱では、「日蓮正宗の教学では、『御本仏』という表現には、日蓮大聖人が根本の仏であり、久遠実成の釈尊も、その仮現(垂迹)であるという含意があるが、創価学会では・・・」などと記して大聖人が「根本の仏」であられることを否定し、学会の教学部長・原田星一郎なる者はさらに露骨に〝大聖人お一人だけが特別な存在ではない〟〝釈尊も大聖人も、どちらが本仏か迹仏かといった上下関係や優劣関係はない。人間に優劣をつけないことと同じ〟などと耳を疑う大謗法の発言をしたそうです。まさに「未曾有の邪教化」ですね。
 そこに会長は、日蓮大聖人こそ三世十方の諸仏の本地・根源の本仏たる「久遠元初の自受用身」であられることを、道理・文証・現証をもってお示し下さいました。
 まず文証について、「大聖人御自ら諸抄に内証深秘の辺を示し給うておられる」として種々の御書を引いて指導下さいましたが、「釈迦・多宝の二仏と云うも用の仏なり、妙法蓮華経こそ本仏にては御坐し候へ」(諸法実相抄)、「教主釈尊より大事なる行者・・・日蓮」(下山抄)、「彼は脱、此れは種なり」(観心本尊抄)等の御指南を拝せば、まさに日蓮大聖人こそ釈迦仏より勝れたる下種の御本仏であられることは瞭然と命が躍動しました。
 次に道理について、「行位全同のゆえに」との日寛上人の御指南に基づき、「釈尊久遠名字即の位の御身の修行を、末法今時の日蓮が名字即の身に移せり」(本因妙抄)等の御相伝書をもって、大聖人即久遠元初の自受用身であられるとお示し下さいましたが、胸のすく大感動がこみ上げました。
 さらに現証について会長は、日蓮大聖人の絶大威徳と大慈大悲を示す「立正安国論の御予言的中」と「国家権力も御頸切れず」の現証をもって、「かかる大聖人様の重かつ大なる御存在を拝すれば、大聖人様こそが三世十方の諸仏の根源たる久遠元初の自受用身にてましますこと瞭然である」と断じられましたが、インドの釈迦仏とは比較にならぬこの圧倒的な御境界こそまさに根源の御本仏たる証と、眼開く思いとなりました。
 そこに浅井会長は、「全学会員、いや全日本人は、この絶大威徳・大慈大悲まします久遠元初の自受用身・末法下種の御本仏・日蓮大聖人を尊崇し奉らなければいけない」と叫ばれましたが、今こそ学会員はもちろん、全日本人に日蓮大聖人の大恩徳を伝えていかん!との思いが衝き上げます。

池田大作の言葉を見よ

 さらに会長は、茹でガエルにされてしまった全学会員を目覚めさせるべく、学会の変遷を端的に示された上で、「これでもわからない学会員がいたら、学会の『永遠の師匠』である池田大作の言葉を見よ」として、学会内部で「現代の御書」などと呼ばれる池田大作の著書「人間革命」の一節を示されました。
 「時代の進展によって変更しなければならない教義や、矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教と断定すべきである」(「人間革命」第2巻・聖教文庫24)と。

 まるで今の学会を指すような言葉には驚きですが、この池田の言葉によっても、時代の進展によって次々と教義を変更し、いまや矛盾だらけとなった創価学会が「誤れる宗教」であることは一点の疑いもありません。

無間地獄の大苦の恐ろしさ

 そのうえで浅井会長は、「五百万学会員は、大聖人出世の御本懐たる戒壇の大御本尊を捨て奉り、大聖人様が久遠元初の自受用身にてましますことを否定し、軽侮する罪がいかに重いものかを、よくよく知るべきである」として、たとえ大聖人の弟子でも信心うすき者は「臨終の時阿鼻獄の相を現ずべし」(顕立正意抄)との厳しき御誡めを引かれ、阿鼻獄(無間地獄)の大苦の恐ろしさと、「人死して後色の黒きは地獄に堕つ」(神国王御書)等の仰せのごとく、その証拠が臨終の相に現われることを示されました。
 このことを弁えるとき、家族葬で荼毘に付した後に死亡を公表し、会長や親族すらその相に触れられなかった池田大作の悪臨終は、「師は針のごとく、弟子は糸のごとし」ゆえ、池田一人が無間地獄に堕ちて済む問題ではなく、全学会員の堕獄を意味する重大事であることがよくわかります。
 そこに会長は、「五百万学会員は第六天の魔王のたばかりを見抜き、速やかに悪師を捨てて、正しき師匠・浅井先生に師事すべきである。それが入阿鼻獄を遁れる唯一の道である」として、「全学会員を救わん」とのお心を、次のように述べられました。
 「なにも顕正会は、私利私欲や顕正会のために学会員を折伏しているのではない。漁師が獲物を狙うように学会員の懐を狙う宗門の禿人らの下卑た精神とは違う。すべては、全学会員を救わんとされた浅井先生のお心を体してのものである」と。
 そして、浅井先生のお言葉を示されました。
 「私は学会員を憎いと思ったことは一度もない。同じく信心をしながら、悪師に付いて功徳を失って、不憫だと思っている。
 早く八百万学会員を救いたい。大聖人様に通ずる恋慕渇仰の信心を教え、成仏の叶う信心を教えて、学会員を救いたい。そして、共に国立戒壇の御遺命成就をめざして戦いたい

 「『学会』だ『顕正会だ』というのではない、『日蓮大聖人の弟子』として、一体になって広宣流布の御奉公をするのは当然ではないか」と。
 いかがでしょうか。誰よりも学会員を救わんとされた浅井先生と会長の深く温かなお心が強く胸に迫っては、早く全学会員を正義にめざめさせんとの思いがこみ上げます。
 私も10月16日の先生の三回忌を見つめ、広告文と特集号を手に、広宣流布のお手伝いに励んでいきたいと思います!