高市政権の改憲の真意は「国家神道」の復活

「高市政権の野望」特集号2が出来しました

 冨士大石寺顕正会の3月度総幹部会を特集した、顕正新聞4月5日号が出来しました。その名も「高市政権の野望」特集号2

 いま高市政権は「憲法改正」に前のめりになり、4項目の改憲案を提示して、国会発議・国民投票に持ち込もうとしています。

 そんな彼らの本当の狙いは何か。それは戦前の国家神道のように「神道」中心の国体に回帰させること、つまり日本を「神の国」にすることなのです。なんとおぞましいことでしょうか。

 浅井会長は、高市早苗首相とその背後にある「日本会議」という右翼団体の陰謀を白日の下に晒して一刀両断されましたが、この国家的な重大事を全日本人に知ってほしいと強く思います。

「高市政権の野望」特集号2 | 顕正新聞社 - 公式サイト
冨士大石寺顕正会の公式サイト。顕正新聞「高市政権の野望」特集号2を掲載。

 それでは、さっそく内容を見ていきましょう!

改憲議論の加速を訴える高市自民党

 3月9日付の東京新聞に「与党 改憲議論加速へ」との記事が掲載され、衆院憲法審査会長・古屋圭司が高市首相の改憲への「不退転の決意」を明かしましたが、いま高市自民党は憲法改正に前のめりになっています。

 物価高対策など取り組むべき課題は山ほどあるにもかかわらず、なぜ高市首相らは憲法改正にこだわり、ここまで躍起になっているのでしょうか。

 それは高市首相ひいてはその背後にある「日本会議」が今の状況を、彼らの悲願を実現する「無二の好機」と考えているからです。

 浅井会長は彼らの狙いをこのように看破されました。

 「高市首相および日本会議界隈の輩は、まず第1段階として自民党の4項目改憲を急ぎなし遂げ、改憲に対する国民の抵抗感をなくしたのちに、それを足がかりにして、いよいよ日本会議がめざす「神の国」の要素を加えた改憲を狙ってくる可能性が高い」と。

 つまり、高市自民党が掲げる改憲案はただの「足がかり」にすぎず、それを実現することで国民の改憲への抵抗感をなくした後、いよいよ日本会議がめざす「神の国」の要素を加えた改憲を実現せんと企んでいるのです。

周到を極めた「日本会議の策略」

 こう書くと、「そ、そんな恐ろしいこと、サナエちゃんが企んでるわけないじゃない!いったい誰がそんなこと言ってるの!?」と驚く方がいるかもしれません。

 ぜひ深呼吸して、落ち着いて読み進めてください(笑)

 このことは、高市首相の「応援団」といわれ、その強力な宣伝役を担う「正論」と「Hanada」という月刊誌で開陳された言説をみると、よくわかるのです。

 詳しくは会長のご講演を読んで頂きたいのですが、一言でいうと、〝安倍晋三が第1次政権のときに改憲を実現しようとしたら抵抗にあって頓挫したので、第2次政権ではイデオロギー性を封印し、バラマキ財政で国民とりわけ若者の人気を集め、首相の立場で改憲に言及する等の既成事実を積み上げ、改憲をめざした〟というのです。いやはや、狡猾ですね。

 そして、勘の良い方ならお気づきのとおり、実は高市政権のやり方もこの延長線上にあり、軌を一にしているのです。「責任ある積極財政」などという無責任なバラマキで国民を釣り、その人気を利用して一気に自分たちの目論む改憲をなし遂げようというわけです。

天皇中心の「神の国」へ

 では、高市政権は改憲によって最終的に何をめざしているのでしょうか。

 それは日本を天皇中心の「神の国」にすることです。

 まず、高市首相の「応援団」の一つ、「Hanada」に寄稿された小川榮太郎(日本会議と深いつながりを持つ、安倍晋三元首相の熱心な支持者・論客)の論文をみてみましょう。

 彼は「皇室のなかに溶け込んだ日本古来の宗教性を尊重する議論を喚起すべきだろう」として「天皇の宗教性」を「尊重」すべきと説き、さらに「靖国神社参拝」を「国家の存在意義の中核」とも主張しています。

 浅井会長は、この小川の言説を取り上げて、このように喝破されました。

要するに小川は、天皇の宗教性いわゆる『神道性』を積極的に尊重すべきと明確に打ち出しているのです。直截的に『現人神』とは書いていないものの、『天皇の宗教性』という表現はまさしく明治憲法下の『現人神』思想を復活させんとするものにほかならない」と。なんとおぞましいことでしょうか。

 さらに浅井会長は、高市首相が深いつながりを持つ「日本会議」の中枢メンバーらの著書を引用して、そのめざすところを教えて下さいました。

 一人目は、高市早苗が国政を志した20代のころから指導を受け、国会議員に初当選した平成5年の30代のころから共に勉強会を行っていた「日本会議」の中枢メンバー・伊藤哲夫です。彼は自著『経済大国と天皇制』でこのように述べています。

わが国の『シビル・レリジョン(国民宗教)』、あるいはわが国のConstitution(憲法)の中心に位置し、その存在そのものを具現してきたものこそ、まさにこの天皇の存在であった

誤った政教分離論から脱却して、わが国の国家的伝統を支えてきた宗教的基盤に、新たな眼をそそいでいくことは、われわれにとって喫緊の課題だと思われるのだ。そしてそれは……神道的文化伝統への本格的回帰をわれわれに促すであろう

君主制は君主の『神格化』(神聖化)を離れてはあり得ず、王位もまた、宗教的意義づけを離れては、その本来の意味を明らかにはなし得ない

古今を通じて動かないのは、君主制のこの宗教的本質に対する信仰なのである。……それは我が国固有の皇祖神信仰にもとづく、祭司王としての伝統である。それはわれわれに、神と国家と人間の、眼にみえぬ本質的関係を意識せしめ、認識せしめてくれるといえよう

 いかがでしょうか。日本を神格化した天皇を中心とする神道的な国体、すなわち「神の国」にせんとの邪悪な思想に身震いを禁じ得ません。

 二人目は、高市首相が〝何度も知恵を借りていた〟と自らブログで明かす「日本会議」の中枢メンバー・百地章です。彼も自著『憲法の常識 常識の憲法』の中で、「国家と神道との徹底的な分離」は必要ない旨を示唆した上で、こう述べています。

国家にとっては……国民を統合し糾合していくために宗教が必要」と。そして、その「国民宗教」の具体例として「靖国神社」を挙げています。

 かりにも憲法学者を自称する者が、政教分離の規定があるにかかわらず、〝国家にとっては国民統合のための宗教(国民宗教)が必要〟などと説くさまは異様としか言いようがありません。

 浅井会長は、「この二人の日本会議中枢メンバーの思想を見れば、日本会議がめざすところは、生長の家の教祖・谷口雅春が説いた、天皇を『現人神』として信仰の中心とし、明治憲法の精神を現代に蘇らせ、国家神道を復活させようとするものであることは赫々明々である」と鋭く指摘されています。

高市首相がめざす「ベスト」な改憲案とは

 このような「日本会議」中枢メンバーらに20代の頃から指導を受けてきた高市早苗の思想が、その影響を大いに受けていることは疑いありません。

 実際、高市首相は自身のブログ(2005年12月6日)で、「ベストなもの」と表現する改憲案として「国家による『公務死者』追悼責務を規定すべき」と述べています。

 これは〝国家に戦没者を宗教的に追悼する義務を負わせる規定を設けるべき〟ということです。

 では、高市首相は、国家がどこでどのような追悼をすべきと言っているのでしょうか。それは翌日(2005年12月7日)のブログをみれば明らかです。

『追悼』には死者を『慰霊』『鎮魂』するという意味もあり、無宗教の立場では追悼は成り立たず、日本人の伝統的な考え方を否定することになる

靖国神社と別の施設を造ることは、戦没者に対する背信行為

 つまり、高市首相は憲法を改正して、日本を「靖国神社で戦没者を追悼する義務を負う国」にしようとしているのです。ここに「日本会議」中枢メンバーと同じ思想傾向がはっきりと見て取れます。

 浅井会長は、高市首相が「ベストなもの」というこの改憲案につき、国家の責務として靖国神社で追悼が行われるようになれば、靖国神社すなわち「神道」が日本において優越的な地位に立ち、ひいては戦前の国家神道のような状況の復活に繋がりかねないと、問題の本質をズバリとお示し下されています。

 こうしてみると、高市自民党が掲げる4項目の改憲案は単なる足がかりにすぎず、その真の目的は「神格化した天皇を頂点とした国家神道的な国体回帰」であることは疑いありません。

「仏は主君、神は所従」

 こう書くと、おそらく多くの方は「それは恐ろしいことだ」とご理解頂けると思います。

 でも神道に凝り固まっている人は、むしろ「『神の国』の何が問題なんだ!日本は万世一系の天皇を中心とした国柄じゃないか!靖国神社で戦没者を祀って何が悪い!」と思われるかもしれません。

 実はこれ、国を亡ぼす大謗法なのです。順番にみていきましょう。

 まず「日本とはいかなる国か」を知らなくてはなりません。本当に「神の国」なのでしょうか?

 実は「仏」と「神」の関係は、聖徳太子の時にすでに決着がついているのです。

 日本に始めて仏法が渡来したとき、日本古来の神々に固執する物部守屋と、仏法を立てる聖徳太子と蘇我馬子が戦いました。その結果、ついに聖徳太子が勝ち、日本に仏法が確立されました。このとき「仏は主君、神は所従」との位置が決まったのです。

 ゆえに大聖人様は「ついには神は負け、仏は勝たせ給いて、神国はじめて仏国となりぬ」(曽谷抄)と。

 ところが明治政府は、仏法を排斥して天照太神等の神を国の本としました。御本仏日蓮大聖人を無視・軽賤し、所従である天照太神を本とすれば謗法となります。

 その結果、日本は日清・日露・日中・日米という4つの戦争に引きずり込まれ、ことに政府が全国民に「伊勢神宮への遥拝」や「神札を祀る」等の国家神道を強要した日米戦争では、三百数十万人の犠牲者を出したうえ、ついに人類史上で初めて原爆を落とされ、悲惨な敗戦の憂き目をみたのです。

 このように「仏は主君、神は所従」であり、これを取り違えれば国が亡ぶことは、歴史が証明しているのです。

皇室の仏法上の重大使命

 では、なぜ日本の皇室が二千数百年も永続してきたかといえば、仏法守護の重大使命があるからです。

この深義を知らず、ただ天皇と靖國で留まってしまうところに、保守派と呼ばれる人々の限界があります。

 日本は久遠元初の自受用身たる日蓮大聖人が御出現あそばす三大秘法有縁の妙国であり、この御本仏を守護するために前もって出現したのが天照太神・八幡大菩薩等の善神なのです。大聖人様は天照太神について「久遠下種の南無妙法蓮華経の守護神」(産湯相承事)と仰せです。

 この仏法上の重大使命のゆえに、その子孫である歴代天子には自ずと仏法守護の一大使命すなわち「守護付嘱」があり、これこそ皇室が万世一系で永続してきた所以なのです。

 浅井会長は、「かかる皇室の仏法上の重大使命を弁えず、天皇を現人神とするような日本会議の思想は大きな誤りである」と一刀両断されています。

国立戒壇こそ戦没者を救う

 このことがわかれば、「神道」で戦没者を追悼しても少しも救われず、かえって悪道に堕した苦を増すことがわかります。

 日蓮大聖人の三大秘法をもって追善回向してこそ、はじめて救われるのです。

 ゆえに大聖人様は御義口伝に「題目の光、無間に至って即身成仏せしむ」と。

 浅井会長は「広宣流布して国立戒壇が建立されれば、『戒壇の大御本尊』の広大深遠の力用によって、戦争犠牲者を始めとしてあらゆる法界万霊は自ずと救われる。ゆえに靖国神社ではなく、国立戒壇こそが戦没者を救うのである」と仰せです。なんと広大無辺の大利益でしょうか。

 ところが高市首相は、愚かにも日本会議の誤った思想に則り、靖国神社すなわち「神道」で戦没者を追悼する義務を負う国、いわば国家神道的な状況への回帰を理想としているのです。

高市政権の改憲、断固阻止せん!

 浅井会長は仰せられました。

ここにいま、『神の国』を作らんとする日本会議に強く共鳴する高市政権が邪な改憲を目論み、大軍拡の道に突き進むならば、必ず裏目に出て大国難を招くこと疑いない。

 すでに浅井先生の62度にも及ぶ諫暁により、日本を『神の国』にせんとする安倍晋三の野望は諸天の鉄槌により潰えたにもかかわらず、再び高市首相ならびに日本会議界隈の輩がそれを復活させようとするならば、顕正会は断固それを阻止せんと決意している。

 何より、この重ねての謗法を諸天は断じて許すはずがない」と。

 いかがでしょうか。高市政権と日本会議の「神国」復活の野望をただお一人見抜かれ、それを断固阻止せんと叫ばれる会長の決死護法のお姿に胸が熱くなります。

アメリカは日本の柱ではない

 いま世界はアメリカとイスラエルのイランに対する違法な軍事作戦により混迷の度を増し、戦後最大級の地政学・経済危機の瀬戸際に立っています。

 先の日米首脳会談における高市首相のトランプ大統領に対する「媚態外交」「朝貢外交」「隷属外交」は目を覆わしめるものでしたが、たとえいかに忠誠を尽くすとも、将来、トランプ大統領が米軍の血を流してまで日本を守ってくれる保証はありません。

 むしろ昨今のホルムズ海峡をめぐるトランプの無責任な言動をみれば、いざ中国による台湾有事が現実となった際、〝別にアメリカが困るわけではない。日本が自分で何とかしろ〟と見捨てられることは目に見えています。そのとき、日本は中国による他国侵逼を受けるのです。

 浅井先生は何度も仰せ下さいました。「アメリカは日本の柱ではない」と。

 いかにトランプ大統領に忠誠を尽くしても、日蓮大聖人の仏法を立てない以上、必ず裏目となり、諸天の治罰によって日本は他国侵逼を受けるのです。

日蓮大聖人こそ日本の柱

 そこに浅井会長はつよづよと叫ばれました。

日蓮大聖人こそ日本の柱であられる

日蓮大聖人を国の柱とするとき、日本は始めて金剛不壊の仏国となる。なぜなら宇宙的スケールの力用を持つ諸天が厳然と守るからである。国立戒壇建立以外に、日本が亡国から救われる道はない

諸天の治罰はまことに早い。顕正会の三百万が遅れては断じてならない」と。

 私も特集号を手に、一人でも多くの人に高市政権の野望と仏国実現の大事を伝え、広宣流布のお手伝いに励んでいきたいと思います!