「世相閻魔帳」に目を疑うチラシが・・・
いま顕正会員は、「日蓮大聖人の仏法」という広告文を堂々と掲げて、広宣流布・国立戒壇建立を見つめ、日蓮大聖人の大恩徳を全日本人に教える折伏を展開しています。
この広告文には、「日蓮大聖人とはいかなる御方か」について、「人生の目的は成仏にある」、「立正安国論の予言的中」、「国家権力も御頸切れず」という3つの現証をもって説かれており、一読すれば、いかなる者も「日蓮大聖人こそ、末法濁悪の人と国を根底からお救い下さる大慈大悲・絶大威徳の御本仏であられる」ことがわかります(広告文を読みたい方はこちら)
一方、第六天の魔王に誑かされ、大聖人一期の御遺命に背き奉った宗門(日蓮正宗)はどうかというと、それはそれは崩れ切った、世間にへつらうみっともない姿になっているようです。
顕正新聞令和3年11月15日号の「世相閻魔帳」に、宗門が勧誘に使っているチラシの写真が掲載されていたのですが、思わず目を疑いました。それがこちらです。
いかがでしょうか。まるで邪教のチラシのようなレベルの低さに開いた口がふさがりません。
日蓮大聖人の仏法を「心の支え」って、何なんでしょうか。愚弄するにもほどがあります。
また、「ジャグリング」や「AED」が仏法と何の関係があるのでしょうか。このような小細工をしなければならないほど、宗門の勧誘は行き詰っているのでしょう。
今回の「世相閻魔帳」は、このような勧誘チラシにみる日蓮正宗の崩れた実態を鋭くえぐったたいへん興味深い内容でしたので、以下、引用・紹介したいと思います。
法道院(主管・八木日照総監)のチラシにみる宗門のお粗末な勧誘
先日、ある顕正会員の自宅に「幸せな人生を築くための『心の支え』」という怪しげなタイトルのチラシが投函された。タイトルからしていかにも胡散臭い。
この邪教のチラシと見紛う代物こそ、宗門末寺「法道院」(東京都豊島区)が信徒獲得のために作成して広くバラ撒いている同寺院の勧誘チラシだというから恐れ入る。
「法道院」の主管(住職)は宗門の「能化」で「総監」の八木日照、早瀬管長に次ぐ〝宗門ナンバー2〟の御仁だ。
以下、八木が法道院所属の法華講員にバラ撒かせている勧誘チラシ等を紹介しながら、宗門のお粗末な勧誘実態を見てみたい。
法道院の勧誘チラシ
法道院の勧誘チラシには「幸せな人生を築くための『心の支え』」「悩んでいませんか?」とデカデカと印字され、次のような勧誘文句が並んでいる。
「頑張っても結果がついてこない。人間関係がうまくいかない。毎日の生活がつらい。先祖供養を正しくしたい。将来や老後が心配だ。自分の後、墓地を守る家族がいない。悩み苦しみの原因と、それを解決する方法について、僧侶よりお話させていただきます。お気軽においで下さい(無料)」と。
頑張っても結果がついてこなかったために「八十万体勢」構築に失敗し、事あるごとに法華講員から供養をむしり取って彼らの毎日の生活をつらくさせ、将来や老後の心配までさせている〝諸悪の根源〟たる宗門の僧侶に、「悩み苦しみの原因と、それを解決する方法」など分かるはずもないが、それは措く。
言わずもがな、日蓮大聖人こそ、末法万年尽未来際の全人類を、三大秘法という根源の仏法を以て、現当二世にお救い下さる、実に久遠元初の自受用身、末法下種の主・師・親、大慈大悲の御本仏であられる。
しかるに法道院は、世間受けを狙って日蓮大聖人の御名と大恩徳を敢えて隠し、日蓮大聖人の仏法を「心の支え」などという極めて低次元なものに貶めて世に宣伝しているのだ。
これ大聖人様の仏法を愚弄する所為に他ならず、摧尊入卑の極みであり、断じて許されない。
各末寺の勧誘実態
ちなみに、法道院は公式サイトでも「ここで見つけた明日の私」「信じていたのは、生命のちから」などと意味不明なことを謳っている。ポエムのような言い回しが実に気味悪い。
その他にも法道院は「Japanese Language Class」(日本語教室)とのタイトルで「Let’s pleasingly practice Japanese language together with confidence」(みなさん自身を持って、一緒に楽しく日本語を勉強しましょう)と書かれたチラシをバラ撒いている。日本語に不慣れな外国人を寺に誘い込み、日本語を教える口実で入信させているようだ。
宗門ナンバー2の「総監」の寺がこの為体、いかに況や他の寺院においておや。
参考までに各末寺が勧誘のために作成してバラ撒いているチラシを少しだけ紹介する。
これらのチラシをみれば一目瞭然であるが、各末寺は法道院と同じく、日蓮大聖人の御名と大恩徳を敢えて隠し、「茶話会」、「大道芸(ジャグリング)」、「AED体験」など、およそ仏法とは関係のない催しをエサにして誰彼構わず寺に誘い込み、それを勧誘成果に繋げようとしているようだが、法を下げるにも程がある。
「僧侶」を生業とするために出家した禿人には、身命にも及ぶ流罪・死罪の大難をも耐え忍ばれて全人類成仏の道を踏みあけて下さった大聖人様の大慈大悲、国を救わんと身命を賭して三度の諫暁をあそばされた「法を知り国を思うの志」など露程もわかるまい。
だからこそ、第六天の魔王その身に入りし池田大作に諂い御遺命違背に加担し、学会と抗争に陥るや仏敵・身延派とも連携し、今や戒壇の大御本尊様を「営利の具」とし奉ることができるのだ。
このように腐敗堕落した宗門には、もはや広宣流布を口にする資格もなければ、それを成す力もない。
所詮、現在の宗門が法華講員に鞭を打って行わせている勧誘活動なるものは、無道心の禿人どもの〝食い扶持稼ぎ〟でしかないのである。
松野抄にいわく
「受けがたき人身を得て適(たまたま)出家せる者も、仏法を学し謗法の者を責めずして徒に遊戯雑談のみして明かし暮さん者は、法師の皮を著たる畜生なり。法師の名を借りて世を渡り身を養うといへども、法師となる義は一つもなし。恥づべし、恐るべし」と。
後生を恐れるべきである。
顕正新聞令和3年11月15日号
広告文を比べただけで
いかがでしょうか。世間におもね、日蓮大聖人の大恩徳を隠し、仏法を「心の支え」などと貶める宗門末寺の卑しい実態には、嫌悪感さえ込み上げます。このような摧尊入卑の勧誘チラシをみるほどに、大聖人の御遺命に背き奉った師敵対の宗門には、もはや広宣流布に戦う資格も力もないことがよくわかります。
いま日蓮大聖人の仏法を正しく実践し、その御心のままに大法弘通に励んでいる仏弟子の集団は、御遺命をただ一人守り奉った浅井先生率いる顕正会以外にはありません。
このことは、たとえ難しいことはわからない人であっても、それぞれが配布している広告文とチラシを対比すれば一目瞭然なのです。
〇顕正会の広告文
〇宗門末寺のチラシ