顕正会が宗門末寺「本種寺」と「誠諦寺」に全面勝訴‼

日蓮大聖人・国立戒壇こそ「日本の柱」(1)

日蓮大聖人・国立戒壇こそ「日本の柱」(1)

「日本の柱」特集号が出来しました!

 顕正新聞令和2年9月5日号が出来しました。その名も「日本の柱」特集号

 いま国中が総罰で呻吟する中、日蓮大聖人・国立戒壇こそ「日本の柱」であられることを全日本人の目を開いて見せしめんとされる浅井先生の御心をひしひしと感じます。「もう先生の一国諫暁は始まっているんだ!」と思うと、胸の奥から感激がこみ上げてきますね!

 今回のご指導はほんとうに凄い内容だったので、2回くらいにわけて感激を書いていきたいと思います。

開目抄の御意を拝し奉る

 今回、浅井先生は、「開目抄」の重大意義について、たいへん有難い指導をくださいました。

 「開目」とは、目を開かせ、見せしむるの意です。

 では、一切衆生の目を開かせて、何を見さしめ給うたのか。それは

 いま佐渡雪中にまします日蓮大聖人こそ、全人類をお救い下さる、久遠元初の自受用身・末法下種の本仏・人の本尊であられる―ということであります。

顕正新聞「日本の柱」特集号

 いやはや、なんとも有難いですね。

 そのうえで、浅井先生は、じつは大聖人が後年、下種本仏成道御書(旧称・種々御振舞御書)において、「開目抄」の深意を御みずから明かし給うておられることを教えてくださいました。

 下種本仏成道御書には、次のように仰せられています。

 去年の十一月より勘へたる開目抄と申す文二巻造りたり。頸切らるるならば、日蓮が不思議とどめんと思ひて勘へたり。此の文の心は、日蓮によりて日本国の有無はあるべし。譬えば宅に柱なければたもたず、人に魂なければ死人なり。日蓮は日本の人の魂なり。平左衛門既に日本の柱を倒しぬ

 この仰せについて、浅井先生は次のように指導くださいました。

 ここに、大聖人様は「開目抄」の深意を明かし給うておられる。

 その深意とは「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」ということです。

 まさしく、日蓮大聖人を信じ奉るか、背くかによって、日本国の有無も人類の存亡も決するということ。

 日本にとって人類にとって、日蓮大聖人ほど重き御存在はないのです。

顕正新聞「日本の柱」特集号

 いかがでしょうか。まさに大聖人は、「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」との御本仏の重き重き御存在を一切衆生の目を開いて見せてくださるために、あの「開目抄」をお認めくだされたんですね。

 雪降りつもる流罪の地・佐渡のあばら屋で、「今日切る、あす切る」(報恩抄)という身辺危険、しかも着物も薄く食物も乏しい中に、凍える御手に筆を執り給い、長い長い「開目抄」をお認めくだされた御尊容、その大慈大悲を偲び奉れば、ただ有難さで胸がいっぱいとなります。

竜の口における絶大威徳を拝す

 次に浅井先生は、大聖人の絶大威徳について、「この絶大威徳は、竜の口の大現証を拝見すればよーくわかりますね」として、諄々と指導くださいました。

 国家権力による死刑は、もう絶体絶命です。しかし大聖人は、刑場に着いて「只今なり」と泣き伏す弟子の四条金吾殿に対し、「不覚のとのばらかな、これほどの悦びをば笑へかし」と仰せられました。なんと透徹した御心地でしょうか。

 そして、太刀取りの越智の三郎が大聖人の傍らに立ち、大刀まさに降り降ろされんとしたその刹那、凡夫の思議を絶することが起きました。突如として「月のごとく光りたる物」が出現したのです。その強烈な光によって、太刀取りは眼くらんでその場に倒れ伏し、数百人の警護の兵士たちも一斉に逃げだし、馬上の武士たちも馬から降りてかしこまり、あるいは馬の上でうずくまってしまいました。

 ひとり頸の座にまします大聖人は大音声で、「いかにとのばら、かかる大禍ある召人には遠のくぞ。近く打ちよれや、打ちよれや」、「頸切るべくは急ぎ切るべし、夜明けなば見苦しかりなん」と、死刑を催促されました。しかし、響くは凛々たる大聖人の御声のみ。返事をする者もいません。みなことごとく腰を抜かし、へたり込んでしまったのです。

 浅井先生は、次のように指導くださいました。

 まさしく国家権力が、ただ一人の大聖人の御頸を切ること能わず、その絶大威徳の前にひれ伏してしまったのであります。

 このような思議を絶する、荘厳、崇高そして威厳に満ちた光景は、この地球上・人類史上において、未だ曽てない。

 この大現証こそ、日蓮大聖人が久遠元初の自受用身と成り給い、末法下種の本仏・人の本尊と顕われ給うた御姿であられた

顕正新聞「日本の柱」特集号

 なんと凄い光景でしょうか。この竜の口で示された御本仏の絶大威徳を拝すれば、「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」の仰せがよりいっそうの実感をもって胸に迫ってきますね。

諸天が守護する金剛不壊の大境界

 竜の口の大現証にみるように、宇宙的力用を有する諸天善神は、御本仏を厳然と守護し奉っています。ですから、いかなる大悪人も、国家権力も、大聖人の御命を奪うことはできません。

 出世本懐成就御書には、「設い大鬼神のつける人なりとも、日蓮をば、梵釈・日月・四天等、天照太神・八幡の守護し給うゆへに、罰しがたかるべしと存じ給うべし」と仰せられています。

 浅井先生は、次のように指導くださいました。

 このように、大聖人様の御境界は金剛不壊なのであります。

 この御本仏を、もし一国こぞって信じて南無妙法蓮華経と唱え奉るならば、そのとき日本国は金剛不壊の仏国となる。

 ゆえに日蓮大聖人こそまさしく「日本の柱」であられる。

顕正新聞「日本の柱」特集号

 いかがでしょうか。諸天が厳然と守護し奉る日蓮大聖人の金剛不壊の御境界を拝せば、この大聖人を一国こぞって信じ奉るとき、日本もまた金剛不壊の国となること疑いありません。これが「仏国」です。

 そして、この仏国を実現する秘術こそ、大聖人が御遺命された本門戒壇の建立なのです。このとき「立正安国」は事実となります。

 そうすると、御遺命の本門戒壇とは、国家と無関係に建てられるものではなく、広宣流布の暁に、「勅宣・御教書」すなわち国家意志の表明を手続として建立される戒壇であることは明らかです。

 国家と無関係に建てた偽戒壇・正本堂を「御遺命の戒壇(となる建物)」と偽って宗内外をたぶらかしていた学会・宗門のみなさん、深く懺悔し、はやく国立戒壇の正義に目覚めましょうね。

国立戒壇こそ「日本の柱」

 浅井先生は、次のように仰せられました。

 いよいよ広宣流布の暁には、一国の総意により国立戒壇が建立される。その国立戒壇に、日蓮大聖人の御当体たる「本門戒壇の大御本尊」を安置し奉れば、日本は金剛不壊の仏国となる。

 されば国立戒壇こそ「日本の柱」であり、その実現こそが、大聖人様の唯一の御遺命なのであります。(中略)

 大聖人様は

宅に柱なければたもたず

と仰せられている。

 正系門家において、日本の柱たる日蓮大聖人に背き、国立戒壇を否定したら、もう日本は保たない。私は何よりこのことを憂えております。

 早く広宣流布して、憲法を改正し、日本の柱たる国立戒壇を建立し、大聖人様に応え奉らなければならぬ。もうその時が来ているのです

顕正新聞「日本の柱」特集号

 いかがでしょうか。広宣流布・国立戒壇建立へのやみ難い思いがこみ上げてきますね。

 御遺命に背き、「極限の大謗法」「極限の師敵対」に陥った学会・宗門には、もう広宣流布に戦う資格も力もありません。彼らはこのまま衰亡していくだけです。

 「顕正会が立たずして、誰人が大聖人様に応え奉るのか」との浅井先生の仰せを胸に、私ももっと広宣流布のお手伝いに励んでいきたいと思います!

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