仏法の実践:遥拝勤行

「遥拝勤行」とは

 前回の記事では、仏道修行の基本である「勤行」について書きました。

 今回は、勤行の中でも、特に「遥拝勤行」について書いてみたいと思います。

 この遥拝勤行こそ、日蓮大聖人の御在世の信行であり、同時にまた、広宣流布の最終段階における信行なのです。

 浅井先生のご指導を拝してみましょう。

 遥拝勤行とは、冨士大石寺にまします本門戒壇の大御本尊を、わが家より遥かに拝みまいらせる勤行であり、その功徳は御本尊の御前で行う勤行と全く同じである。

 遥拝勤行において大切なことは、我が家と戒壇の御本尊といかに距離があろうとも、眼前に大御本尊まします、直接拝みまいらせる、との思いに立つことである。信心に距離は関係ない。もし信心がなければ眼前に御本尊ましますとも通ずることはなく、もし信心があれば、千万里を隔てるとも直ちに御本尊に通じて大功徳を生ずるのである。


基礎教学書第5章・仏法の実践より

 なんとも有難いご指導ですね。

 私も日々、「眼前に大御本尊まします」、「日蓮大聖人まします」との恋慕渇仰の思いで遥拝勤行に励んでいますが、そのたびに、なんとも言えない有難さが胸の奥からこみ上げてきます。

遥拝勤行の大功徳

 「でも、遥拝勤行って、自宅の壁に向かってお題目を唱えるんでしょう?御本尊様に直接向かわないのに、功徳を頂けるのかしら?」と思われた、そこのあなた!

 はい、遥拝勤行で確かに大功徳を頂くことができるのです。

 そもそも大聖人の御在世(鎌倉時代)には、ほとんどの人が御本尊を頂いていませんでした。御本尊を頂けるのは、仏法のためには身命を惜しまぬ本当に強盛な信心の方々だけだったからです。

 では、その他の人たちはどうしていたかというと、みな直接、大聖人を恋慕渇仰して勤行を申し上げていたのです。これまさに遥拝勤行ですよね。これが御在世の信行だったのです。

 もちろん、戒壇の大御本尊の願主となられた熱原の法華講衆も、みな遥拝勤行でした。入信わずか1年、しかも未だ大聖人へのお目通りも叶わず、御本尊も頂いていなかった熱原の方々が、天下の棟梁・平左衛門の脅しにも屈せず、ついに頸刎ねられる瞬間までお題目を唱え切ったその姿には、熱涙を禁じ得ません。この熱原の方々が唱えるお題目が大聖人に通じていたこと、断じて疑いありません。

 また、いま顕正会員が遥拝勤行で頂く大功徳、ことに色白く、軽く、柔らかくなる「成仏の相」の素晴らしい体験発表こそ、まさに遥拝勤行が大聖人に通じている現証にほかなりません。

広布最終段階の信行

 いま正系門家において遥拝勤行を実践している団体は、顕正会以外にありません。700年の時を越え、大聖人御在世の信行をそのまま実践させて頂けること、なんとも有難いですね。

 そして、この遥拝勤行こそ、実に御遺命を守り奉ったゆえに下された解散処分により豁然と開かれた、広布最終段階の信行だったのです。

 浅井先生のご指導を拝してみましょう。

 まず解散処分が下された経緯を示す。

 政治野心に燃える池田大作は、「国立戒壇は選挙に不利をもたらす」として、国立戒壇を否定するために偽戒壇正本堂を建て、これを時の貫首に「御遺命の戒壇」と認承するよう求めた。

 時の貫首・細井日達は池田大作に諂い、易々としてこの大悪事に協力した。かくて、日蓮大聖人の唯一の御遺命である国立戒壇は正系門家から消滅せんとした。

 大聖人は「法を壊る者を見て、責めざる者は、仏法の中の怨なり」(滝泉寺申状)と。

 また、日興上人は「時の貫首たりと雖も仏法に相違して己義を構えば、之を用うべからざる事」と御遺戒下されている。

 顕正会はこのお誡めを恐れるゆえに、御遺命守護の戦いに立ち上がったのである。

 大聖人は「仏法と申すは道理なり。道理と申すは主に勝つ物なり」(四条抄)と仰せられている。顕正会の道理に基づく連々たる強き諌めに対して、学会も宗門も、止むなく正本堂の御遺命違背を認めた。

 だが、これは改悔ではなかった。池田大作は卑怯にも、細井日達に解散処分を下さしめ、顕正会の抹殺を図った。

 この解散処分により、本山参詣も御本尊下附も禁止となった。そのうえ細井日達名儀で、全顕正会員に脱会勧告をした文書も送付されてきた。これで命脈を保つ信徒団体はない。

 だが、この解散処分こそ御仏意であった

 大聖人様は、「ならば、直接、戒壇の大御本尊を拝みまいらせよ。信心に距離は関係ない。心こそ大切である」とお教え下された。

 大聖人は身延より千里を隔てた佐渡に住む千日尼に対し

 「譬えば、天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮かび、雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞こゆ。御身は佐渡の国にをはせども、心は此の国に来れり。乃至、御面(おんかお)を見てはなにかせん、心こそ大切に候へ」と。

 この仰せのごとく、たとえ戒壇の大御本尊は遠く離れてましますとも、恋慕渇仰して南無妙法蓮華経と唱え奉れば、直ちに戒壇の大御本尊・日蓮大聖人に通じて、大功徳を頂き、一生成仏も必ず叶う。「御面を見てはなにかせん、心こそ大切に候へ」と。これこそ遥拝勤行の大精神である。

 この遥拝勤行こそ、末法の三毒強盛の凡夫を、直接、本門戒壇の大御本尊に繋ぎまいらせる秘術広布最終段階における信行である。

 まさしく大聖人様が、いま広宣流布に戦う唯一の仏弟子の大集団・顕正会に、大慈悲を以て開いて下さった大道なのである。


平成31年度登用試験の問6より

 いかがでしょうか。あの死罪に等しき解散処分により、かえって顕正会に御在世の信心、遥拝勤行が自然と蘇ってきたのです。

 この遥拝勤行がいかに有難いか。たとえどこにいても、大聖人を恋慕渇仰してお題目を唱え奉れば、三毒(欲と怒りと愚痴)強盛の私たち凡夫が、直接、戒壇の大御本尊・日蓮大聖人と繋がることができるのです。つまり、私たち凡夫が御本尊・日蓮大聖人と一体になり、そのまま仏にならせて頂けるのです。なんと有難いことでしょうか。

 また、広宣流布がいよいよ成就する時には、「ただをかせ給え。梵天・帝釈等の御計いとして、日本国一時に信ずる事あるべし」(上野抄)と。大海の潮が満ちるように、広宣流布は一時に成るのです。

 このとき全日本人は、一人ひとり順番に御本尊下附を受けていくのでしょうか。それでは、「前代未聞の大闘諍一閻浮提に起こるべし」(撰時抄)とて、迫り来る世界大闘諍と他国侵逼から日本を救うことはできません。到底、間に合わないからです。

 そこに、大罰に戦く人々は、国亡び、我が身を失う恐怖から、本門戒壇の大御本尊を次々と遥拝し奉るようになるのです。この姿もまた、遥拝勤行にほかなりません。

 このように、遥拝勤行こそ、まさしく大聖人御在世の信行であり、同時にまた、広布最終段階における信行なのです。

 この遥拝勤行に自然と立ち還り、いま御遺命たる国立戒壇を高々と掲げて日本国を独走する唯一の団体・顕正会こそ、戒壇の大御本尊の願主となられた熱原の法華講衆の跡を継ぐ、国立戒壇建立の願主たるべき仏弟子の大集団であることを確信してやみません。

 いよいよ恋慕渇仰・不惜身命の信心に立ち、遥拝勤行に励んでいきたいと思います。