歴史的な「御遺命守護」特集号4(1)

つぶやき

浅井先生が歴史的な御発言をされました

 本年7月、顕正会全体で大折伏が成し遂げられ、ついに会員総数が210万人を突破しました。なんとも凄い大折伏ですね!

 そして、この210万の死身弘法を背景として、7月度総幹部会の席上、浅井先生は宗門(日蓮正宗)の貫首である早瀬日如管長に対し、重大な御発言をされました。

 それは、昭和40年代に始まった御遺命破壊の大悪がいよいよ最終章を迎えた今、先生が「時の貫首」に対し、その責務として、早く悪人を追放して、「国立戒壇」の正義に立ち還るよう直諫されたものです。まさに歴史的ですね。

 そこで、今回は、この歴史的な御発言がなされた7月度総幹部会を特集した「御遺命守護」特集号4(顕正新聞令和元年8月5日号)をもとに、記事を書いてみたいと思います。

 ただ、この特集号にはたいへん有難い内容がギュッとつまっているので、とても1回では書ききれません。そこで、何回かにわけて書いていきたいと思います。

210万ついに成る

 この6・7月、ついに210万を突破する大折伏がなされたことについて、浅井先生は次のように仰せられました。

 みなさんには、この大事な法戦、よくぞ、よくぞ、がんばってくれました。

 昨年七月に広宣流布の基盤たる210万を達成し、一年後の本年七月に、何としても二百十万までの弘通を成し遂げたいと念願いたしましたが、これは決して容易いことではない。

 ところが、顕正会の底力、地涌の菩薩の大信力、ついに二百十万を大きく突破する大折伏が、ここに成し遂げられたのであります。

 この七月は悪天候の連続でしたね。その中に、みなさんの涙の出るような信心の真心、私はただただ有難く思っております。

「御遺命守護」特集号4

 なんとも有難い労(ねぎら)いのお言葉ですね。

 顕正会の目的は、お金もうけでも、人集めでもありません。ただ日蓮大聖人の御遺命である広宣流布・国立戒壇建立を実現し、人を救い国を救わんとの思いだけで大規模な折伏を進めています(詳しくは、こちらをご覧ください)。

 自分の欲や利害でしか動かない今の世の中で、これほど清純な団体は他にないとつくづく思います。

 そして、これほどの大折伏が、容易くできるわけは勿論ありません。みんなで勇気を出して、雨の日も風の日も、ただ相手の幸せと広宣流布を願って真剣に仏法を弘めているのです。

 その会員一人ひとりの真心を御存知なるがゆえに、先生は温かく労ってくださるのです。なんとも有難いですね。

広宣流布いよいよ加速、ただ大聖人の御守護

 次いで浅井先生は、次のように仰せられています。

 昨年七月から本年七月までの一年で、実に十万を超える弘通が叶ったのです。いよいよ広宣流布の加速度が増して来たことを私は感じております。

 いいですか。やがて、一年で三十万、五十万、百万の弘通ができるようになる。私たちの力ではない。

 大聖人様のお力によってそうなるのです。

 そして最終的には「日本国一時に信ずる事あるべし」との大聖人の仰せそのままに、一時に全日本人が大聖人様に手を合わせる時が必ず来るのであります。

 思えば、顕正会は八千で御遺命守護に立った。そして一万二千で解散処分を受けた。解散処分を受けたら必ず潰れる。

 しかるに顕正会は潰れもせず、ついにいま二百十万を超え、ひとり「国立戒壇建立」を掲げて日本国を独走しているのであります。

 もう宗門も学会も「国立戒壇」とは言えなくなってしまった。その中で顕正会だけが、大聖人の御心のままに「国立戒壇」を掲げて日本を独走することができる。私は何とも有難いと思っております

 この不思議、ただ大聖人様の御守護以外にはない。いよいよ大聖人様の御心のままの御奉公を貫かんと思うばかりであります

「御遺命守護」特集号4

 いかがでしょうか。

 いま顕正会の折伏は、どんどん加速度がついてきています。なんと1年間で10万人を超える人たちが新たに入信・入会しているのですから、驚きですよね。

 しかも、顕正会は、昭和49年、わずか1万2000名のときに、御遺命に背く宗門(日蓮正宗)と学会を諌めたことで、理不尽な解散処分を受けているのです。フツウに考えたら潰れないわけがありません。

 ところがその顕正会が、なんと潰れもせず、ついに210万の折伏を成し遂げ、いま日本国を独走しているのです。これは何を意味するのでしょうか。

 先生は、「この不思議、ただ大聖人様の御守護以外にはない」と仰せられています。大聖人の御遺命の正義を守り奉り、大聖人の御心のままの御奉公を貫いているから、大聖人が御守護くださるのです。

 思えば昭和40年代当時、学会・宗門は大聖人の御遺命である「国立戒壇」を捨て、偽戒壇・正本堂を建てて「御遺命の戒壇である」とうそぶきました。しかし、「ニセモノ」はどこまでいっても「ニセモノ」です。正本堂は平成10年に撤去されてしまいました。つまり、御遺命の戒壇ではなかったのです。

 それなら、深い懺悔をして、「国立戒壇」の正義に立ち還れば良いと思いませんか?

 もともと宗門は、「国立戒壇の建立を待ちて六百七十余年、今日に至れり。国立戒壇こそ本宗の宿願なり」(第64世・日昇上人)と叫んでいたのですから。

 ところが、いまや学会は完全に邪教化し、宗門は未だに「国立戒壇」を否定したままになっているのです。

 宗門の第66世・細井日達などは、本当は学会の池田大作に圧力を加えられて「国立戒壇」を捨てただけなのに(「阿部メモ」に書いてあります)、「貫首」のプライドからか、「国立戒壇の名称は布教のジャマになるから使用しない」なんて格好つけていました。

 ところが、布教のジャマになるはずの「国立戒壇」を捨てた宗門は、その後、一向に折伏が伸びないのです。いま必死になって信者の尻を叩き、「折伏、折伏!」と躍起になっているようですが、功徳の歓喜も確信もない法華講員たちに大規模な折伏などできるわけがありません。

 そこに、御遺命のゆえに解散処分を受けた顕正会だけが、学会も宗門も捨ててしまった大聖人の御遺命たる「国立戒壇」を、誰憚ることなく高々と掲げ、日本国を独走する大折伏を進めているのです。これまさに大聖人の御守護以外には全くありません。

 私も広告文を片手に、いよいよ加速度つけた折伏で広宣流布のお手伝いをしていきたいと思います!

Posted by anaguma