学会・宗門から正しい顕正会へ(12)

 顕正新聞には毎回、学会や宗門(日蓮正宗)から正義にめざめて顕正会に入会し、功徳にあふれている方々の登壇がたくさん掲載されています。今回は顕正新聞令和8年6月5日号と6月15日号からいくつか紹介したいと思います。

特集号で「浅井先生こそ正師」と断疑生信

先生のご慈愛、全学会員に教え救わん

46名の逆縁破り入信叶う、涙止まらず

 令和7年10月に創価学会から顕正会に入会したMさんは、平成12年に知人の勧めで学会に入信したものの、信心の感激を教えてもらったことはなく、井戸端会議のような座談会や世間の新聞と大差ない聖教新聞、内容のない機関誌、何より信心と無関係な選挙活動に疑問を持ち、次第に学会と距離を置くようになりました。

 そのような中、令和7年10月に駅前で女子部班長から手渡された顕正新聞特集号を読み、「顕正会は学会と全く違う!」と大衝撃を受け、「浅井先生こそ正しき師匠」と確信し、求めて顕正会に入会したのでした。

 入会後に参加した日曜勤行では一糸乱れずお題目を唱える光景とその迫力に「これが本物の団体なのか」と胸が熱くなり、また、2年前に急性心筋梗塞で亡くなった夫が初めて夢に出てきて微笑みかけてくれ、「私が唱えるお題目の功徳が夫に届いていることを、夫が教えてくれたのだ」と感涙にむせびました。

 基礎教学書を学ぶ中、浅井先生が築かれた顕正会の正しさをいっそう確信したMさんは、感激のまま地元の同級生たちを折伏して回り、さらに学会の地区担当の婦人を折伏すると、「最近、同じ地区の壮年も顕正会に行ってしまった・・・」と落胆していました。

 5月2日、46名の逆縁を乗り越えてついに友人の入信が叶ったときには有難さで涙が止まらず、念願の組長職を拝命しました。

 するとMさんは、悩んでいた胃腸炎の症状が和らいでおり、折伏の功徳の大なることを実感しては、「いま毎日が楽しくてなりません」「『全学会員に浅井先生のご慈愛を知ってほしい』との思いがあふれてやみません」と溌溂と述べています。

御遺命守護の激闘に大衝撃、晴れて入会

「人生の目的こそ成仏」と知り眼開く

「先生から直にご指導頂きたかった・・・」

 令和7年7月に創価学会から顕正会に入会したKさんは、昭和42年、25歳のときに妻の家族に勧められて学会に入信し、任用試験・講師・助教授・教授補の試験に合格し、何度も正本堂に行き、牙城会の会館警備、選挙カーでの選挙活動、夜通しの唱題など言われるまま活動し、群馬県桐生市の大ブロック長として多くの学会員を励ます立場になるも、功徳を感じたことは一度もなく、平成元年に夜勤から帰宅すると43歳の妻が自宅で突然死しており、その後、膀胱がんを患い、息子との関係も悪化して独り暮らしとなりました。

 そのようなとき、婦人部の班長が訪問配布に訪れ、渡された顕正新聞特集号と「誑惑の正本堂 崩壊す!!」のDVD等に大衝撃を受けたKさんは、「学会は間違っている」「大聖人様に通じるお題目を唱えましょう」との言葉に肚が決まり、顕正会に入会したのでした。

 朝晩の遥拝勤行に励み、大感動の日曜勤行に参加していくと、「御書をこのようにご指導できるお方は浅井先生しかおられない」「一度でも直に先生よりご指導を頂きたかった」との思いが湧き、「いま心から尊敬できる無二の師匠・浅井先生にお値いできた喜びは言葉になりません」と歓喜を噛みしめています。

 Kさんは自身も所属した「牙城会」消滅の報に、「もう学会は本当に崩壊するのだ」と衝撃を受け、学会の副支部長を「必ず救い切らん」と折伏し、決意と生命力に溢れる中、報恩感謝の思いを噛みしめては、「先生のご遺志を継いで捨身で戦われる会長の下、私も命尽くまで地涌の菩薩の使命を果たしてまいります」と熱く語っています。

正本堂は浅井先生の諫暁により崩壊

「先生こそ無二の師匠」尊敬の念あふれる

顕正会の使命胸にお応えせん

 令和8年4月に創価学会から顕正会に入会したWさんは、鹿児島県で学会員の両親のもとに生まれ、学会の女子部班長として熱心に活動し、経済苦の家族みなが正本堂供養に参加するも、後にそれが「壊された」と聞いては学会に不信を懐き、また結婚を機に神奈川県に移り住むも、同居する娘や弟から酷い仕打ちを受け、自殺未遂を3度も繰り返し、乳癌の発症とその転移による肺切除、生死を彷徨う交通事故など、病気・怪我・経済苦・家庭不和という苦労続きの人生でした。

 その後、アパートで独り暮らしを始めると、近所に住む婦人部の班長が数年前から広告文や顕正新聞を持って訪問してくれるようになり、「学会をやっているからいらない」と断るも、諦めずに通い続けてくれる班長の温かさ、また顕正新聞特集号や「誑惑の正本堂 崩壊す!!」に大衝撃を受けたWさんは、「悪いのは池田大作」であることがわかり、「強大な権力を有する学会に対し、たったお一人で戦われ、御遺命を守護された浅井先生は、なんと凄いお方なのか」と尊敬の思いとなり、晴れて顕正会に入会したのでした。

 日曜勤行や浅井先生のご指導に大感激し、改めて広告文を拝読し「何十年ものあいだ失っていた信心が一気に蘇ってくるような思い」になると、有難い功徳を頂きました。「母の日」の5月10日、疎遠になっていた娘から突然連絡があり、「何の連絡もないから心配してたのよ。たまには電話して」と優しく言ってくれたのです。この初めての出来事にWさんは驚きと嬉しさでいっぱいになり、浅井先生の弟子になり得た宿縁に有難さがこみ上げては、「これからの人生、入阿鼻獄から救って下さった先生への感謝の思いを胸に顕正会の同志とともに戦い、相模の地よりお応えしてまいる決意」と熱く語っています。

正義にめざめる学会員・法華講員が続々と

 いかがでしょうか。御遺命に背く学会・宗門(日蓮正宗)で罰を受けてきた人たちが正義にめざめ、正しい顕正会に入会して遥拝勤行で大功徳を頂き、歓喜にあふれる姿を見ては、同じ顕正会員としてほんとうに嬉しく思います。

 私も広告文と特集号を手に、一人でも多くのまじめな学会員・法華講員たちを正義にめざめさせ、ともに御遺命成就に戦う同志にしていきたいと思います!