「『神の国』への策謀糾弾」特集号が出来しました
冨士大石寺顕正会の5月度総幹部会を特集した、顕正新聞6月5日号が出来しました。その名も「『神の国』への策謀糾弾」特集号!
浅井会長は、高市政権の背後で蠢く日本会議・神社本庁界隈の者たちの「神の国」実現への恐るべき策謀の実態をお示し下さいましたが、一般国民が知り得ない形で着々と進められる思潮操作には驚きを禁じ得ず、知らぬ間に洗脳されつつある全国民が知るべき重大指導と確信します。
それでは、さっそく内容をみていきましょう。
「神の国」実現に向けた巧妙な策略
高市政権による改憲の真の狙いは、日本を戦前のような現人神としての天皇を中心とする国家神道的な国体、「神の国」にせんとすることにあります。

しかし彼らの策略はとても巧妙なので、ふつうの国民には分かりません。「そんなこと、本当にあるの?」と思われる方も多いことでしょう。
それもそのはず。政権の背後にいる日本会議・神社本庁の者たちは、「われわれは『神の国』を作ろうとしている」とは、決して明言しないからです。なぜでしょうか?
それは、過去に本音を明かして挫折した苦い経験があるからです。
たとえば平成12年5月、当時総理大臣だった森喜朗は、神社本庁のロビー団体「神道政治連盟」の国会議員懇談会で役員を務めていました。そして、同議連の結成30周年の記念祝賀会で、このように挨拶したのです。
「日本の国、まさに天皇を中心としている『神の国』であるぞということを国民のみなさんにしっかりと承知して頂く、その思いで私たちが活動して30年になった」と。
いかがでしょうか。時の総理大臣が〝日本は『神の国』であり、それを国民にしっかりとわからせるために活動してきた〟などと悍ましいことを述べたのです。
当然、この発言は大炎上し、森元首相は退陣に追い込まれました。そこで日本会議・神社本庁の界隈は、それ以降、こうした露骨な表現を避け、「日本の伝統」「固有の文化」「国柄」などのオブラートに包んだ婉曲表現を用いるようになったのです。
そして、これらの失敗から教訓を得た彼らは、「本音を隠しつつ既成事実を積み重ね、目的を成し遂げる戦略」へと舵を切り、水面下で着々と「神の国」を作らんと様々な運動やプロパガンダを展開しているのです。
その実例を具体的に見ていきましょう。
「明治の日」制定の真の狙い
まず浅井会長は、「明治の日」制定にひそむ日本会議の野望を暴かれました。
いま祝日法を改正し、11月3日(文化の日)に「明治の日」を併記しよう、という運動が行われています。この日は、明治天皇の誕生日です。
この「令和」のご時世に、なぜ明治天皇の誕生日をわざわざ「明治の日」として祝日にする必要があるのだろう、と不思議に思いませんか? そこには日本会議の隠された野望があるのです。
実は「祝祭日」の制度は、戦前、明治政府が皇室や国家神道を国民に強く意識させるために設けたものでした。
中でも特に重要視された4つの祭日を「四大節」といい、天皇が国家の安泰と豊作を祈る「四方祭」(元旦)、古事記・日本書紀に基づく初代・神武天皇の即位日「紀元節」(2月11日)、昭和天皇の誕生日「天長節」(4月29日)、明治天皇の誕生日「明治節」がありました。
しかし戦後、GHQは国家神道を解体する過程で、日本政府に祝日法を制定させ、神話や皇室祭祀に由来する祝祭日を廃止・改称させました。その結果、「紀元節」は廃止され、「明治節」は「文化の日」に改称されるなど、祝祭日を通じた国民への国家神道的価値観の刷り込みが除去されたのです。
ところが、これに強く反発した神社本庁などの界隈は、後年、廃止された「紀元節」を「建国記念の日」として復活させ、さらに今般、11月3日を「明治の日」とすることによって、国家神道に基づく「明治節」を事実上復活させようとしているのです。
そのために日本会議は15年も前から運動を続けてきました。平成30年には、古屋圭司や高市早苗らゴリゴリの日本会議系議員などが「明治の日を実現するための議員連盟」を発足させ、議員の立場でこれを推進してきました。
彼らの本音は、明治の日推進協議会参与の元衆議院議員が述べた「われわれは・・・日本国憲法体制から脱却して、明治の御代に戻らねばならない」との発言によく表れています。
まさに「明治の日」制定は、日本会議による国家神道的国体への復権運動の一環なのです。
「観光施策」を装った思潮操作
次に浅井会長は、日本政府や自治体の観光施策によって「神の国」の思潮を醸成させんとする動きに言及されました。
みなさんは、観光庁が数年前から訪日外国人に関する施策として、「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり」というものを推進しているのをご存知でしょうか?
観光庁はその施策として14の地域を「モデル観光地」に選定し、訪日外国人の訪問を促しているのですが、実はその内容が極めて「神道的」なのです。
たとえば、三重県の伊勢志摩エリアを「日本神道の聖地・伊勢神宮を核とする参拝文化」と説明し、鳥取・島根エリアを「日本の紀元・神話の國」と紹介しています。これらは戦前の国家神道すら想起させるものです。
また、その他の地域についても「神道」「神話」「日本の紀元」など神道的な語彙が突出しています。
さらに、観光庁が選定した組織がつくった基本計画の中には、神社での「祈祷体験」や神道の「礼儀作法の実践」が観光プログラムとして組み込まれている例もあるというから驚きです。
浅井会長は、この事業が開始された当時、閣僚の大部分が「日本会議」「神道政治連盟」の国会議員懇談会に所属していたことから、彼らのイデオロギーが行政に影響を及ぼした可能性があると指摘され、実際、神社本庁が観光行政を利用しようとしていたことを示す事例として、神社本庁の教化広報部の担当者が平成29年、「政教連携(政治や行政が宗教団体と協力すること)が必要だ」と強調していたことをお示し下さいました。いやはや、恐ろしいですね。
では、なぜ憲法で政教分離が規定されたわが国で、行政が「神道」という特定の宗教を推進するような施策がまかり通っているのでしょうか?
理由はおそらく2つあります。1つは、「観光推進という世俗的な目的だから」と本音を隠してごまかしていること。もう1つは、「神道は宗教じゃない」という考え方です。
これは、明治政府が国家神道を「宗教ではなく、日本古来からの伝統に基づく国民道徳」などといって国民に強要した「神社非宗教論」に通底するものです。
つまり、宗教と言わずに広めることで、政教分離の制約を回避しながら、観光行政に神道を組み込もうとしているのです。まさに「明治政府が国家神道を国民に浸透させた手法の現代版」です。
浅井会長は、これらの施策により訪日外国人を通じて神道的な思潮が流布され、また政府や自治体が神道にお墨付きを与えることでメディアにも同様のコンテンツが溢れ、「神社=日本文化の象徴」という思潮が自然と醸成されていき、日本会議・神社本庁が狙う「神の国」への移行が容易になるとして、彼らの策謀を次のように喝破されました。
「まさにこれらは『観光』という一見無害な経済施策を装いながら、その実、国家神道的イデオロギーを静かに浸透させていく『ステルス・プロパガンダ』いわゆる〝気づかれないまま価値観を塗り替えていく思潮操作〟に他ならない」と。
あまりに悍ましい策謀に身震いを禁じ得ません。
小泉八雲の「神国日本」
さらに会長は、本年2月に発刊された「神国日本」という書籍の存在と、その広告が全国紙に頻繁に掲載されている事実に言及されました。
この書籍、戦時中には著者・小泉八雲の意図を超え、戦争遂行のための精神的支柱として「神国日本」思想の裏付けとして利用されてきた過去があり、昭和17年版では「神道」と「靖国神社」を殊更強調する解説まで付されていました。
そのようないわくつきの書籍が、昭和17年版を底本として突如発刊されたのです。しかもその本に巻かれている腰帯にはなんと「美しい日本」との言葉が・・・。これは安倍晋三や高市早苗ら日本会議界隈の者が好んで使うスローガンです。
天皇制護持のエピソードを麗々しく語る「序文」といい、「神国日本」をめざす勢力による世論誘導の色彩が強く窺われます。
実際、日本会議の外郭団体「国家基本問題研究所」(代表・櫻井よしこ)では、今から7年も前にこの書籍に着目し、大学教授を招いた対談で「日本文化の根幹をなすのは神道」などと書籍の内容を紹介していたそうです。
日本会議界隈がこの「神国日本」の発刊・広告にどの程度関与したかは定かではありませんが、「この書籍が『神国日本』の空気を醸成するためのステルス・プロパガンダの機能を果たしていることは疑う余地もない。そしてその恩恵を最も受けるのが日本会議であることも、また疑う余地がないのである」との会長のご指摘には、深く頷くばかりです。
根底にある策略は「国家神道」への回帰
浅井会長は、「明治の日」制定、神道をアピールする観光施策、書籍「神国日本」改訂版発刊とその新聞広告という一見バラバラにみえる事象について、「その根底には一本でつながる策略がある。それこそが、天皇を現人神とする国家神道への回帰に他ならない」と喝破されましたが、本音を隠し日陰でひっそりと菌糸を伸ばす隠花植物のごとき界隈の策略を見抜かれる会長のご見識には大感動を禁じ得ません。
いま世間の改憲論議は「緊急事態条項」や「合区解消」などの条目の是非に終始しています。しかし私たちは、もっと深いところにある、彼らの本当の狙いを見抜かなければなりません。
高市政権がめざす改憲の奥底には、GHQによって作られた現行憲法を骨抜きにし、日本を再び「神の国」に作り変えんとする日本会議・神社本庁界隈の野望があり、その実現に向けて、国民が気付かぬうちに「国家神道」的価値観を社会に浸透させる巧妙な戦略がとられているのです。
顕正会は「神の国」を断じて許さじ
そこに浅井会長は、「御本仏日蓮大聖人を無視して、所従である『天照太神』を中心とする『神の国』を作らんとすれば、国は必ず亡ぶ」として、「仏は主君、神は所従」の道理、これを取り違え敗戦の憂き目をみた大罰の現証、そして「日本国は本因妙の教主・日蓮大聖人の本国にして、本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国」(依義判文抄)との深義を示され、「顕正会は日蓮大聖人の弟子として、浅井先生の弟子として、『神の国』をつくらんとする邪な野望を断じて許さない」と叫ばれました。
私もこの特集号を手に、一人でも多くの人に「神の国」への策謀を教え、その糾弾のお手伝いに励んでいきたいと思います。
日本は「自惟孤露・無復恃怙」に
折しも日本を取り巻く客観情勢は激変しており、会長は、5月に行われた米中・中ロの両首脳会談につき「今後の東アジアの情勢を占ううえで歴史的な意味を持つ」と仰せられました。
米中首脳会談では、イラン戦争で泥沼にはまり、台湾有事に対応できなくなっているアメリカの現実を冷徹に見抜いた習近平がトランプに対し、「台湾問題は米中関係において最も重要な問題だ。・・・適切に対処できなければ、両国は衝突し、米中関係全体を極めて危険な状況へと追い込む」と警告し、台湾問題に手出しできないよう強力な箍を嵌めました。
その結果、トランプは帰国後のインタビューで「9500マイルも旅して戦争をするつもりはない」と語り、台湾政策の根幹である「戦略的曖昧性」を崩し、距離の遠さを強調して直接介入を忌避する姿勢を示しました。
つまり、「アメリカは台湾のために中国と戦争する覚悟はない」という本音をさらけ出してしまったのです。
これがどうして深刻かというと、アメリカが台湾有事に直接介入しない場合、第一列島線の防衛に関する一次的な責任を負う日本が対応に駆り出され、中国の攻撃に晒されやすくなるからです。まさに「アメリカに従っていれば守ってもらえる」という安易な対米依存の時代は、ここに事実上終わりを告げたのです。
しかも驚いたことに、米中首脳会談の際、習近平は高市首相を名指しして「新型軍国主義の復活だ」と声を荒らげ激しい口調で批判し、台湾の頼総統と高市首相を同列に扱い、「この二人が地域の脅威になっている」と主張しました。習近平は日本に対し、それほどまでに強い敵愾心を懐いているのです。
会長は、「中国が日本を事実上『敵国』と見なした今、大中華帝国を目論む中国の台頭を前に、頼りとするアメリカは日本を守らない、いや守れなくなるに違いない」として、日本は「自惟孤露・無復恃怙」すなわち孤立して頼りとするものがない状態に陥ると断言されました。
国立戒壇建立以外になし
この大国難は、日本一同の仏法違背と正系門家の師敵対による「仏法より事起こる」の大罰であれば、これを遁れる術は、日本一同が御本仏日蓮大聖人に帰依して、国立戒壇を建立して諸天の守護を得る以外にありません。
「第三の秘法 今に残す所なり。是れ偏に、末法闘諍の始め他国来難の刻み、一閻浮提の中の大合戦起こらんの時、国主此の法を用いて兵乱に勝つべきの秘術なり」(四十九院申状)との大聖人様の仰せを、深く噛みしめるばかりです。
浅井会長は叫ばれました。
「この重大事を叫ぶことができるのは、日本国の中で顕正会しかない。極限の師敵対の学会・宗門には、すでにその資格も力もない。そこに、顕正会の前進が遅れては断じてならないのである」と。
いよいよ亡国が迫る今、私も小さな殻を打ち破る大きな御奉公をなし、御遺命成就のお手伝いに励んでいきたいと思います!
